第十二話:初めてのおつかい(レベル99)
野営道具を背負って、街を出る。
目的地の近くまで小一時間、馬車に乗るのだ。
「結構離れているんですね」
「そうね。そもそもデスマウンテンが危険地帯だから、近くに街を作るわけにはいかないのよ」
「なるほど」
馬車の中でカリーナから話を聞くノート。
目的地の危険度を聞けば聞くほど、その胃はキリキリと痛んでいた。
「あら、もしかして怖いの?」
「そりゃ怖いですよ。赤線引かれてた土地ですよ。危険度で言えばAランク」
「たしかにそう考えれば、初心者は怖いかもね~」
「男の子だから根性出せとか言わないですよね」
「男の子なんだから根性出せ」
カリーナの無情な応援に、ノートは溜息をつく。
その隣では、ライカがウキウキと鼻歌を歌っていた。
「ライカはご機嫌だな」
「はいです。久しぶりにお友達に会えるので」
「えらく危険な場所に住んでるお友達だな」
道のりに慣れているのだろうか、ライカが恐怖感じている様子はない。
たった一人の男ということもあって、ノートは自分だけ怖がっていることに情けなさを感じていた。
そして馬車に揺らされること小一時間。
目的地の近くに到着した。
ここからは徒歩である。
「歩きにくい道」
「人の手入れなんてできない場所ですから。慣れるしかないですね」
鬱葱とした道を歩きながら、ノートは愚痴を零す。
重い野営道具を背負っていることもあって、小さな苛立ちを覚えてしまう。
カリーナの後をついて行くが、道を進めば進むほど、遠方からモンスターの鳴き声が聞こえてくる。
モンスターの住処にもなっている危険地帯が近い証拠だ。
ノートは観念して腹をくくった。
「鬼が出るか蛇が出るか」
「出るのはモンスターよ」
「更にたちが悪くて笑えないです」
カリーナと軽口を交わすが、ノートの胃はとにかく痛かった。
そんなやり取りをしている内に、鬱葱とした道は終わり、ゴツゴツとした岩肌ばかりの場所に出てくる。
モンスターの鳴き声も大きくなってきた。
「さぁノート君、入口に着いたわよ!」
「え、入口って……これがですか!?」
目の前に存在するのは天高くそびえ立つ岩の塊。
三~四メートルごとに、段々畑のような段差がついている岩山だ。
とても何かの入り口には見えない。
「あの、カリーナさん。もしかして何処かに隠し通路があるってオチだったりしますか?」
「そんなの無いわよ。普通に登るわよ」
「やっぱり」
ノートはようやく、野営道具を持たされた理由を理解した。
たしかに、この巨大な岩山を登りきるのは一日では不可能だ。
「それじゃあノート君、荷物持ちご苦労様。ここからはアタシが持つわ」
「いいんですか!」
「もちろん。代わりにライカをよろしくね」
「はい! 任せてください……えっ?」
呆然とするノートからテキパキと野営道具を剥がすカリーナ。
彼女は浮遊魔法を唱えて荷物を浮かすと、二人に向けてウインクをした。
「エア・ジャンプ。それじゃ二人共、頑張って登ってね~」
魔法で風の足場を作り出したカリーナは、ノート達を置いて先に登り始めてしまった。
「待ってカリーナさん! 俺達を置いてかないでー!」
「カリーナさん!?」
二人の叫び虚しく、カリーナは岩山へと姿を消していった。
「あうぅ、どうしましょう。いつもはカリーナさんに運んでもらってたんですが」
「本当にどうしようか……登るにしても危険地帯だし……」
頭を捻るノート。
そもそもカリーナが何も考えずに自分達を放置するとは思えない。
何か意図がある筈だ。
「(今の状況を整理しよう)」
居るのは手持ちの荷物は特にない二人。
お互いに確認をしたが、ナイフなどのモンスターを攻撃できる物もない。
デスマウンテンには危険なモンスターが居るという。
この状況で安全に岩山を登るには……
「なぁライカ」
「なんです?」
「ライカのアルカナってバリアを張れたよな?」
「はい。大抵のモンスターの攻撃なら簡単に防げちゃいます」
「張るのに何か条件はある?」
「特に無いです。強いて言うなら『
「つまり後ろからの攻撃には弱い……いや、それだけできれば十分だ」
作戦が構築できたノートは、その場でしゃがみ込む。
「ライカ、俺の背中に乗って」
「え?」
「俺がスキルを使ってデスマウンテンを登る。だからライカはアルカナを使って、モンスターの攻撃を防いで欲しいんだ」
「なるほど。連携するってことですね!」
「そういうこと」
ノートの意図を理解したライカは、ノートの背に乗る。
おんぶする形になった訳だが、そうすると自然に……
――ふにょん――
「……」
「ノート君、どうしたんですか?」
「な、なんでもないよ。少し雑念と戦ってただけだから」
やはりライカのお山は柔らかく、そこそこありました。
背中に幸せなお椀の温もりを感じつつ、ノートは両手の平を地面に接地した。
「いくぞライカ」
「はい! 出てきて『純白たる正義』!」
背負われているライカの背中から、白騎士の像が出現する。
これで何時でもモンスターの攻撃から身を守れる。
「デスマウンテン頂上に向けて、出発だ!」
ダァン!
ノートはスキルを使って地面を弾く。
その力を使って、岩山を跳び登り始めた。
「ノート君、重くないですか?」
「大丈夫大丈夫。軽いくらいだから!」
ダァン! ダァン! ダァン!
背中にいるライカと軽くは無しをしながら、ノートは順調に岩山の段を登り続ける。
とはいえ、何時もとは違う二人分の重さ。
必要となる弾く力も多く、消耗が早い。
積もる疲労をグッと堪えながら、ノートは一段一段確実に登っていく。
山頂に近づくにつれて、モンスターの鳴き声が鮮明に聞こえてくる。
三十段を越えた地点だろうか、二人はついにモンスターと遭遇した。
「キシャァァァ!」
「げっ、サラマンダー!」
真っ赤な鱗に覆われた火蜥蜴の群れ。目算十体はいる。
気性も荒く危険度が高いサラマンダーが、一斉にノート達に狙いを定める。
「キシャァァァ!!!」
――業ゥゥゥ!――
サラマンダーが一斉に超高温の火炎を吐き出してくる。
ノートのスキルでは、この攻撃は防げない。
「守って『純白たる正義』!」
ノートの背中で、ライカが魔人体に指示を出す。
すると白騎士の像がレイピアを振るい、無数のバリアを展開する。
襲い掛かってきた炎は、そのことごとくがバリアによって防がれてしまった。
「ノート君、今です!」
「わかってる!」
ダァン!
地面を弾いて、即座に脱出するノート。
数段進んだところで、背中のライカに話しかけた。
「ライカのアルカナってスゴイんだな。まさかサラマンダーの炎を防げるなんて」
「それだけが私の取柄ですから」
どこか自虐的に答えるライカ。
その様子が少し気になったが、質問をする暇もなく次のモンスターが襲い掛かってきた。
「ボムエレメントだ!」
「『純白たる正義』!」
ライカが防御している隙に、ノートが先に進む。
その後もモンスターとの遭遇は絶えることなく。
「魔狼だ!」
「ガルーダなのです!」
「ゴブリンの群れだ!」
「ワイバーンなのです!」
「服だけ溶かすタイプのスライムだ!」
「触手系のモンスターなのです!」
「野生のゴーレムだ!」
数多の危険なモンスターをかいくぐりながら、デスマウンテンを登る二人。
なんとかモンスターの気配がない場所に辿り着いた頃には、空が赤く染まっていた。
「はぁ、はぁ……少し、少し休憩させて」
「わ、私も、エネルギー切れなのですぅ……」
数時間に渡り、休みなく登り続けていた二人。
流石に揃ってエネルギー切れを起こしはじめていた。
「あら、思ったより上に来てたわね」
「カ、カリーナさん!?」
突然上から声が聞こえて来たので、ノートは頭を上げる。
そこには風魔法で浮遊している、カリーナがいた。
「そろそろ二人共エネルギー切れかなって思って、少し下りて来たのよ」
「私、もうくたくたなのですぅ~」
「俺もですよ。こんなにスキルを使い続けたの初めてですよ」
「でも、良い修行にはなったでしょ」
やっぱりか。とノートは内心呟く。
恐らくドミニクの差し金だろう。
「修行するんだったら、先に言ってくださいよ」
「私も同意なのです」
「アハハ、ごめんごめん。ドミニクに黙ってろって言われててね」
突然放置された二人からすれば、堪ったものではない。
戻ったらドミニクに一言言おう。ノートとライカはそう決心した。
「さて、この辺りはモンスターが近寄らないポイントなの」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。不思議とね」
そう言うとカリーナは、野営道具を下ろした。
「だから今日は、ここで野営よ」
「はいです!」
「あのカリーナさん。つかぬことを聞きたいんですが、頂上まであとどのくらいなんですか?」
「そうね、今までの体感だと……あと半日くらいね」
「長いなぁ……」
どうりで中々頂上が見えてこない筈だ。
ノートは少しウンザリしてしまう。
「ちなみに上はもっと気性が荒いモンスターが多いわよ。覚悟しなさい」
「聞きたくなかった、そんな現実」
思わず涙が出そうになったノート。
だが結局は現実を受け入れなくてはならないのだ。
「ほら二人共。テント張るから手伝って」
「はーい」
「はいなのです!」
空に近い岩山の一角で、野営の準備を始める三人。
そんな中、ノートは明日の道のりに不安を覚えるのだった。
「(どうか明日も、生き残れますように……)」
初めてのおつかいは、とんでもない難易度でした。
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