第十三話:月と職人爺さん

 朝。

 野営道具を片付けて、早々に出発する。

 岩山は更に険しくなり、出現するモンスターも凶悪になっていく。


「ギャオォォォン!」

「ドラゴンだ!」

「任せてくださいなのです!」


 ライカの出した『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』が、ドラゴンの吐き出す火炎を防ぐ。

 その隙にノートがスキルを使って、岩山を登っていった。


「流石に出てくるモンスターもスゴイのばっかだな……ライカは大丈夫?」

「大丈夫なのです。防御だけなら誰にも負けませんから」


 涼しい様子で答えるライカ。ノートは彼女の負担が大きくなっているのではと、少し不安になっていた。


 その後も迫りくるモンスターから身を守りつつ、岩山を登り続ける。

 そして太陽が真上に到達した頃、二人はようやくデスマウンテンの頂上に到着した。


「やっと着いたのです~」

「最後の方モンスターが居なかったから、結構楽だったな」

「上の方のモンスターは頂上付近に近づかないように躾けられているそうです」

「モンスターを躾けるって何さ……」


 ビーストテイマーでも住んでいるのだろうか。

 そんな事を考えつつ、ノートはその場に倒れ込む。

 昨日の疲れも重なって、全身がエネルギー切れなのだ。


「つ、疲れたぁ……」

「はいはい、お疲れ男の子」

「あ、カリーナさん」


 頭を起こすと、そこにはカリーナがいた。

 先に着いていたのだろうが、彼女は全く疲れている様子がない。


「……魔法って便利そうですね」

「登ってこれただけ、ノート君のスキルもスゴイわよ」


 カリーナの手を借りて、起き上がるノート。

 そこで初めてデスマウンテンの頂上を見渡した。


「あの建物が目的地ですか?」

「そうよ。ウチの行きつけ工房」


 凶暴なモンスターが住まう岩山の頂上。

 それと考えるには不釣り合いな、小さな工房が平然と建っていた。


「(人里離れた場所。なんて言うには物騒な場所に建ててるなぁ……)」


 不気味な程に平凡な建物を見ながら、ノートはそう考える。


「ほら二人共、行くわよ」

「はいです!」

「あっ、待ってくださいよ!」


 心の準備をする間もなく、工房に向けて歩みを進める事になる。

 せめて工房の職人が怖い人ではありませんように、ノートはそう願うしかできなかった。


 工房の扉を、カリーナがノックする。


「シドー。居るー?」


 数秒の間の後、扉の向こうからトトトと足音が近づいてきた。

 そして扉が開く。

 出てきたのは、ノートと同年代くらいの、長い金髪の少女であった。


「あら。カリーナさん。いらっしゃい」

「久しぶりね、ルーナ」

「ルーナちゃん、お久しぶりなのです!」

「ライカもいらっしゃい。後ろの彼は、初めてね」

「彼はノート君。ウチの新入りよ」

「そうなの。はじめまして、ルーナよ」


 可愛らしく微笑みながら、ルーナが挨拶する。

 突然の美少女登場に、ノートは少し緊張していた。


「あ、はじめまして、です」


 どもってしまい、顔が赤くなるノート。


「ねぇルーナ。シドは居る?」

「お爺様? えぇ居るわよ」


 ルーナは三人を工房の中へ案内した。


 工房の中に入る。

 そこには様々な魔道具や武器、そして整備用と思われる工具が散乱していた。


「スゴイなぁ」


 自分が使えないと解っていても、こういったファンタジーアイテムには心奪われてしまうノート。

 諦めていた筈の願望が少し蘇ってしまう。

 ノートが無意味な願望を抑え込んでいると、ルーナが話しかけてきた。


「ねぇ貴方、ノート君だっけ」

「えっ、そうだけど」

「同い年くらいかしら」

「俺、十四歳」

「あら、ライカと同い年なのね。私は十五よ」

「(ライカと俺って同い年だったんだ)」

「ねぇ、どうやって山を登ってきたの? 魔法?」

「いやぁ、俺魔法使えないから。スキルを使ってきた」

「ある意味もっとスゴイわね。私と同じなのかしら?」


 興味津々といった様子で質問してくるルーナ。

 ノートは少し緊張しながらもそれに答える。


「えっと、ルーナさんは」

「ルーナでいいわよ」

「じゃあルーナ。君もこの工房の職人なの?」

「私はただの助手よ。魔道具職人なのはお爺様だけ」

「助手でも十分スゴイと思うけどなぁ」

「ふふ、ありがとう」


 他愛ない会話をしている内に、工房の最奥に到達する。

 そこには作業台に向かう、一人の老人がいた。


「お爺様。カリーナさん達が来たわよ」

「シドー、魔道具受け取りに来たわよー!」

「叫ばんでも聞こえとるわい!」


 ゴーグルを外して振り返る老人。どうやら彼が魔道具職人のシドらしい。


「なんじゃ、カリーナとライカ……と誰じゃ?」

「えっと、俺はノートっていいます」

「私達の新しいお仲間さんなのです!」

「ほう……あのドミニクが拾ったのか?」


 見定めるように、ノートを観察するシド。


「貧弱な身体。魔法使いか?」

「いえ、違います」

「……なるほどな。ルーナと同じタイプか」

「(ん? どういうことだ?)」


 ノートがシドの発言に引っかかっていると、隣でカリーナが一枚の手紙を取り出した。


「はいシド。ドミニクからの伝言」


 受け取った手紙を開けて、確認するシド。


「ふむ……なる程な」


 手紙を読み終えたシドは、まじまじとカリーナを見つめる。


「な、なによ」

「カリーナ、お前さん……また胸大きくなったんじゃないか?」

「……はぁ?」

「ワシの目に狂いはない。前回から一センチは増えとる筈じゃ!」


 シドは両手をワキワキと動かし始める。


「どれどれ、ワシが確認してやろう」

「ちょ、このエロ爺! やめんか!」


 逃げるカリーナを追いかけまわすシド。

 突然始まった攻防に、ノートは唖然となっていた。


「ねぇライカ。もしかしてシドさんって」

「はい。物凄いスケベさんなのです」

「もしかしてこれ日常?」

「はいです」


 ご苦労様です。ノートは南無南無と手を合わせた。

 しかしいい加減シドを止めねばならない。

 意を決して、ノートが動こうとすると、先にルーナが動いていた。


「お爺様?」

「なんじゃルーナ」

「カリーナさんが困ってるので、その辺りでお止めになった方がよろしいかと」

「これはワシの学術的探究心じゃ! 邪魔するでない!」

「そうですか……じゃあ、お仕置きが必要ですね」


 ルーナがそう言い終えると、彼女の背中から黒い靄が発生し始めた。

 突然の事に、ノートは釘付けになってしまう。


 黒い靄は大きな人型を形成していき、徐々にその姿を現していく。

 完成した箇所から靄が消える。

 出現したのは、球体関節人形のような像だった。

 背中に三日月を背負い、十本の指すべてに注射器が融合している、不気味な像であった。

 よく見れば、ルーナの右手には例の痣がある。


「ナンバーⅩⅧ『怖く+蠱惑+困惑=月光サイケデリック・ムーン』!」

「魔人体!? じゃあルーナは」

「はい、ルーナちゃんもアルカナホルダーなのです」


 ルーナが出した魔人体が、シドに狙いを定める。


「ま、待てルーナ! それだけは!」

「ダメです。お仕置きです」


 魔人体は人差し指を立て。勢いよくシドに注射器を刺した。


「ゲフゥ!?」


 シドは首に刺さった注射器から、何かを注入される。

 すると瞬く間に、シドの顔は青く染まった。


「少しの間、苦しんでくださいな」

「ぎゃァァァ! むさい男がワシの菊を狙ってくるゥゥゥ!」


 注射されたシドは、意味不明な言葉を吐きながら、その場で転がり始めた。


「カリーナさん、大丈夫?」

「ありがとうルーナ」

「あの……シドさんどうしたんですか?」

「幻覚を見ているだけよ。少しの間ね」

「幻覚?」


 ルーナの言葉に、いまいちピンとこないノート。


「あれがルーナちゃんのアルカナ能力なのです」

「そうよ。私の『怖く+蠱惑+困惑=月光』は、注射をした相手に幻覚見せることができるのよ」

「へぇー」

「お爺様には今、筋肉質な男達に襲われる幻覚を見せているわ」

「怖ぁ……」


 思わず尻をしめてしまうノート。

 数分経つと幻覚が消えたのか、荒い息と汗を流しながら、シドが復活した。


「お、恐ろしかった。危うくお婿さんにされるところじゃった……」

「お爺様。これ以上カリーナさんに迷惑をかけるようだったら」

「しないしない! もうしない!」

「約束しますか?」

「します!」


 背後で魔人体を構えながら、ルーナは最後の念押しをする。

 怒らせたらヤバいタイプの女の子だ。怒らせないようにしよう、とノートは考えていた。


 それはそうとして、本題に戻る。


「で、シド。頼んでいた魔道具はできてるの?」

「あぁ九割はな」

「九割?」

「ちと厄介なことになってな。材料が手に入らんかったんじゃ」


 シドが言うにはこうだ。

 いつも魔道具の材料となる鉱石を採取しに、ふもとの洞窟に行くそうだ。

 しかし、その洞窟に大型のトロールが群れを作って住み着いてしまったという。


「ワシにはトロールを倒せるほどの力はない」

「私の『怖く+蠱惑+困惑=月光』も、群れとなるとどうにもできないわね」

「つーわけでだ。三人共、頼んだぞ」

「はぁ!? なんでそうなるのよ!」

「ほれ、これ見てみ」


 そう言ってシドは先程の手紙をカリーナに差し出した。

 ノートも気になって、その中身を覗き見る。

 そこには……


「『修行中。好きに使ってくれ』ですってぇ!?」

「ドミニクさん……」

「修行が厳しいのです」


 突然の修行追加に肩を落とすノートとライカ。

 カリーナはシドに抗議するが、どの道トロールを退治しなくては魔道具が作れないと返される。

 結局、ふもとの洞窟へ行くしかなくなったのだ。


「ノート君、ライカ。エネルギー切れ治ったら行くわよ」

「はーい」

「はいです」


 工房で一休みをしつつ、いきなり山を下りることになった運命を、ノートは呪うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る