第十四話:洞窟と炎

 工房で紅茶を貰い、一休みしたノート達。

 無事エネルギーは回復したのだが、ノートは少しウンザリしていた。


「来て早々に、下りるのか……」


 来た方向とは逆とはいえ、またあの道のりを行かなくてはならないと考えると、ノートはどうにも足が動かなかった。


「安心しなさい。下りはアタシが運んであげるから」

「本当ですか!」

「その代わり野営道具は持ってね」

「はい! 喜んで!」


 それなら下り道はスムーズだ。

 ノートの胃から痛みが急速に引いていく。


「それにモンスター除けの魔道具も借りたし、楽なもんよ」

「なんですかその便利アイテム!」


 そんな物があるなら最初から使って欲しかった。

 自分達の苦労はなんだったのか、とノートはカリーナを恨めし気に見る。


「しかたないです。修業は厳しいものなのです」

「限度があると思うんだ」


 ライカは納得しているが、ノートはもっと段階を刻んで欲しかったと考える。

 そんな中、三人の後ろにルーナが現れた。


「私も一緒にいくわ」

「あら、いいの?」

「数は多いに越したことはないでしょ」

「やった。ルーナちゃんも一緒なのです!」


 ルーナを歓迎する二人に対して、ノートは大丈夫なのかと疑問を抱く。


「ふふ。魔道具職人の助手が大丈夫なのかって思ってるでしょ?」

「えっ、いやぁ、その……」

「こう見えて私、元は冒険者志望だったのよ。少しくらい腕に覚えはあるわ」

「それにルーナちゃんにはアルカナもあるのです!」

「そういうことよ。ノート君も安心しなさい」

「カリーナさんがそう言うなら」


 仮にもカリーナはSランクパーティーの幹部だ。

 彼女が同行を快諾するという事は、それなり以上の実力を持っているのだろう。

 しかしそうなるのと、メンバーの中で自分だけが無能という事になるので、ノートは些か傷ついていた。


「さぁ、ふもとの洞窟に向けて出発するわよ!」


 カリーナの号令で気を引き締めたノート。

 風魔法で作られた疑似足場を使って、スムーズにデスマウンテンを下り始めた。





 そして翌日。

 途中で野営をしつつも、一行は無事ふもとまで到着した。


「滅茶苦茶スムーズに下りれたな」

「モンスター除けの魔道具が仕事してくれたのです」

「有能過ぎてなんか腑に落ちない感じもするけどな」


 やっぱり最初から使って貰いたかった気持ちが湧いてくる。

 とはいえ、それでは修業にならないと返されるのは明らかなのだが。


「洞窟の入り口はこっちよ」


 ルーナに案内されて、ノート達は先を進む。

 到着したのは、三メートルはあろうかという巨大な洞窟の入り口であった。


「でっけぇ入り口」

「大型のトロールが出入するくらいですからねぇ」


 この中に危険なトロールが群れを作っているというのだ。

 どのようにするのか、ノートは少し頭を回す。


「カリーナさん、トロールってどんな特徴が――」

「さぁみんな。さっさと行くわよ」

「いやちょっと、カリーナさん!?」


 せめて計画くらいは立てさせて欲しい。

 ノートは慌ててカリーナを引き留める。


「なによノート君」

「なによじゃないですよ。大型トロールの群れですよ! 少しは計画とか作戦とか立てないと!」

「それなら大丈夫よ。最高の計画があるわ」

「そうなんですか?」

「もちろん。群れを見つけたら教えるわ」

「いや先に教えてくださ――あーちょっと置いてかないでください!」


 先々と洞窟の中に入っていくカリーナ達を、ノートは慌てて追いかけていった。


 洞窟の中は広く薄暗いので、持ってきたランタンに火をつけて明かりにする。

 入ってすぐの地点では特におかしな要素はない。

 ゴツゴツとした岩肌と、吹き抜ける風の音が聞こえるくらいだ。


「ちょっと寒いですね」

「洞窟なんてそんなものよ」


 ライカとルーナが他愛ない会話をする。

 その一方でノートは、いつでも戦闘が始まってもいいように、スキルを発動する準備に入っていた。


「(トロール。確か以前ギルドで見た情報だと、危険度はBランクだったはず)」


 ノートはかつて見たトロールの情報を頭から引っ張り出す。

 トロールは元々気性の荒い性格だ。

 筋力が強ければ、皮膚も硬い。一筋縄では討伐できない厄介者。

 それの大型種が群れを作っているとなれば、ギルドのクエストだとSランク相当だろう。


「冷静になればなる程、ヤバさが分かってきた……」


 無理に説得してでも、ドミニクの協力を仰ぐように進言するべきだったか。

 ノートは引き返せなくなった時点で、そんな事を考えていた。


「みんな、ちょっと静かにして」


 カリーナの一声で、三人が黙る。

 すると静かな洞窟の中から、何かの鳴き声が微かに聞こえてきた。


「近いわね」

「随分奥まで来たし、間違いなくトロールの群れね」

「む、武者震いするのです」


 本当に引き返せなくなった。

 危険なモンスターが近い事もあって、ノートはとうとう観念する。


「できることをしよう。生き残るのが最優先だ」


 腹を括って洞窟の奥へと進むノート。

 トロールの低い鳴き声も大きくなってきた。

 ランタンの光とヒカリゴケの光によって、異形の影が映し出されていく。

 間違いない、トロールだ。


「で、出た」


 ノートは反射的に両手の平を構える。

 それを横目に、カリーナは魔法の杖を振った。

 すると空中に拳大の炎の塊が出現した。


「ライカ、バリア張って頂戴。アタシ達を守る様な感じで」

「了解なのです! 『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』!」


 ライカの背中から白騎士の像が出現し、炎とノート達の間に巨大なバリアを展開する。

 いったい何をする気なのだろうか。ノートはカリーナに尋ねる。


「カリーナさん、どうするんですか?」

「こうするのよ」


 するとカリーナは魔法の呪文を唱え始める。

 それに合わせて炎の塊に大量の魔力が集まり始めた。

 突然の魔力反応に気がついたトロールが、数体姿を現す。


「うわっ、出た!」

「安心しなさい、全部消し炭にするから」

「へ?」

「洞窟って狭いでしょ。なら同時に一網打尽も簡単ってこと」


 拳大であった炎は、気づけば数十倍に膨れ上がっている。

 そして……


「炸裂しなさい! ギガ・ヴォルケーノ!」


――業ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――


 凄まじい高温を内包した炎が、洞窟の中を埋め尽くす。

 トロール達は逃げる隙もなく、魔法の炎に飲み込まれてしまった。

 一方のノート達は『純白たる正義』のバリアに守られていて無傷。

 しかし、突然発動された超高位の魔法を見て、ノートは唖然としていた。


「カ、カリーナさん……まさか計画って、これですか?」

「そうよ。簡潔でしょ」

「……スケールがスゴ過ぎて、ついて行けてないです」


 一分程経過したところで、炎が治まる。

 同時に『純白たる正義』のバリアも解除されて、カリーナが作り出した惨状が露わになった。


「うわぁ……」


 いまだ残る炎の熱気もさることながら、文字通り黒焦げにされたトロールの死骸を見て、ノートは軽い不快感を覚えた。

 臭いも酷い。だがそれ以上にスゴイ。

 Bランクモンスターがこうも容易く倒されてしまったのだ。

 だがそこでノートは、ふとある事を思った。


「って、こんな高火力使って大丈夫なんですか!? 鉱石に影響が出たりとか」

「あぁ、それなら心配ないわ」


 ルーナが説明をする。


「ここにあるのは魔法鉱石。特殊な加工方法を使わないと溶かす事すら不可能なのよ」

「そうなんだ。なら大丈夫か……」

「多分影響は無いわ。多分ね」


 ルーナの含みを感じる発言に、本当に大丈夫なのだろうかと、ノートはカリーナを見る。

 当のカリーナはどこ吹く風といった様子で、先に進もうとする。


「さぁ三人共、残党狩りにいくわよ!」

「はいです!」

「ノート君、行くわよ」

「う、うん」


 まぁ残党狩りなら大丈夫だろう。

 幸いにしてカリーナの魔法もある。

 ノートが少し気を緩めた、次の瞬間であった。


「……どうやら、向こうから来てくれたみたいね」


 激しい足音が複数、こちらに向かって来る。

 四人はそれぞれ、戦闘態勢に入った。


「『純白たる正義』!」

「出なさい『怖く+蠱惑+困惑=月光サイケデリック・ムーン』!」


 ライカとルーナの背中から魔人体が出現する。

 カリーナは杖を構え、ノートは両手の平を構えた。


 足音は激しさを増していき……そして。


「「「ブモォォォォォォォォォォォォォォォン!」」」


 巨大な棍棒を手にした、大型トロールの群れが姿を現した。

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