第十話:お話をしましょう
そして今日も夜がくる。
割り当てられた自室のベッドに倒れ込んだノートは、少し苦々しい表情をしていた。
「回復魔法で治っているのはわかっているけど……なんか痛みがある気がする」
マルクとの模擬戦が終わった後、本拠地に戻ったノートはカリーナに回復魔法をかけて貰った。
それで治ったのは良いのだが、突然治癒した傷に脳の理解が追いついておらず、ノートは在りもしない痛みに悩まされていた。
ちなみにカリーナに聞いたところ、回復魔法をかけられ慣れていない人が稀に発症する症状らしい。
実際に怪我をしているわけではないので「我慢しなさい、男の子でしょ」と言われてしまった。
「うぅ……ヒリヒリして痒い」
思わず傷があった箇所を掻いてしまう。
別にもう怪我など無いのだが、心は少し癒えた気がした。
「俺、負けてたな……」
今日の模擬戦を思い出す。
一応は勝利したという形にはなったが、実際のところノートは完全に負けていた。
仲間として認められたのは良い。だがその先の事を考えると、ノートは自分の不甲斐なさを恨んだ。
「無能は返上したい。けどその先なんてどうすればいいんだろう」
本音。
無能者である自分を変えたい気持ちはある。
しかしその先で、自分は何をすれば良いのか分からない。
自分は勇者になるタイプの異世界転生者ではない。
そもそもこの世界には魔王なんて存在しない。
人間らしい悪意とモンスターの脅威があるだけの、普通のファンタジー世界だ。
どこか「つまらなさ」さえ感じる。
だがこの世界に生まれてしまった以上、生きねばならない。
それを頭では理解しているつもりだったが、ノートの心はどこか空虚なものだった。
「俺、何がしたいんだろう」
世界を救う使命なんて無い。守るべき人も無い。目標自体何も無い。
自分の中にある空洞を感じとって、ノートは自己嫌悪する。
無意味なのだ、自分が生きている事自体が。
それなのに『
その事実が、ノートの自己嫌悪を加速させた。
「……重い」
期待されているようで、重さを感じる。
アルカナという得体の知れないスキルを期待されても、ノートにはその自覚が無い。
仮にこのアルカナが目覚めたとして、それが期待外れだったらどうなる。
きっとパーティーの人達は失望しても、邪険にはしないだろう。
それくらいには優しさを感じていた。
だから辛いのだ。
「俺……大層な理由もなく入っちゃったな」
ただ生きやすそうだったから。
それだけの理由で加入してしまった自分を恥に感じる。
特にライカに顔を合わせずらい。
パーティーに誘ってくれた事もあって、ノートは彼女に恩を感じている。
ライカの前では強くありたい。思春期特有の思想も相まって、ノートはそう考えていた。
「まずは甘ちゃんを直さなきゃダメかな」
模擬戦中マルクに何度も言われた言葉。
自分でも薄々感じていた事。
特にこの世界の価値観で言えば、相当甘い考えを持っている事実。
実際問題、その甘い考えが原因で過去にトラブルになった事もある。
「……嫌なこと思い出した」
脳裏に浮かんだ過去の映像から目を逸らすノート。
兎にも角にも進むべき道は見えた。
このパーティーに馴染んで、一日でも長く生き残ること。
そして、少しでもライカに恩返しをする事だ。
「頑張らなきゃな」
部屋の天井を見ながら、ノートが呟く。
すると、部屋の扉を小さくノックする音が響いてきた。
誰だろうか。ノートはベッドから起き上がり、扉を開ける。
「あっ、ノート君。こんばんはなのです」
「ライカ。どうしたの?」
訪ねてきたのはパジャマ姿のライカであった。
不意に視界に入った同年代のパジャマ姿に、ノートは少しドキッとする。
「えっと、その……今お時間ありますか?」
「俺はまだ眠気が来ないから、一応暇だけど」
「よかったです~。ノート君、お話をしましょう」
そう言うとライカは、鼻歌交じりにノートの部屋へと入ってきた。
そのまま彼女はベッドに腰掛ける。
「ノート君はお隣なのです」
ベッドの上をポンポンと叩いて、誘導するライカ。
ノートは乗せられるがままに、ベッドに腰掛けた。
「で、話って?」
「えーっとですね……何から話しましょう?」
「決めてないんだ」
「ノート君のお話を聞きたかったのが大きいですから」
「俺の話? なんで?」
「えっとですね。私、同年代のアルカナホルダーって今まで一人しか知らなかったんですよ。その中でもノート君は初めての男の子ですから」
つまり好奇心が止まらないのだろう。
自分なんかの話で満足するなら遠慮するつもりは無いが、ノートは一つだけ疑問があった。
「俺はそんなに面白い人生歩んでないぞ。むしろライカの方が色々経験してるんじゃないのか?」
「私がですか?」
「だってSランクパーティーに所属してる先輩なんだよ。冒険譚たくさん持ってそうじゃん」
「そんなことはないですよ。私は……弱いですから」
無理した笑顔を浮かべるライカ。
ノートはその表情の奥に、途方もない痛々しさを感じた気がした。
「私は守ることしかできません。他の人達のようにモンスターを狩るなんてできないのです」
「……」
「だから私、ノート君が少し羨ましいのです。ノート君はちゃんとモンスターと戦えるから――」
「俺の方が弱いよ」
言葉を遮られて出てきた発言に、ライカが少し驚く。
「デビルボアを倒せたのは条件が揃ってたからなんだ。本来の俺はモンスターなんか狩れない。スキルも守りに使うには心もとない。何もかも中途半端な人間なんだよ」
「ノート君」
「それにさ、俺は魔人体ってのも出せないから……ライカの方がずっとスゴイんだよ」
少し自虐的ながらも、事実を述べる。
ノートはライカの事を素直に尊敬していた。
攻撃手段が無いと言ってはいるが、きっと彼女の守りは自分より優秀だろう。
そして何より、不完全な自分というものがノートにとっては恥ずかしかった。
「なんだか、お互いないものねだりをしていますね」
「そうだな」
二人は向き合って小さく笑う。
笑いが、このしんみりとした空気を和らげた気がした。
「ノート君。私ノート君のお話を聞きたいです」
「俺の話かぁ……どんなのがいいんだろ?」
「なんでもです。男の子ってどんなことしてるのか知りたいです」
「そうだなぁ……少し暗い話になるけど――」
ノートはライカに自分の生い立ちを話始めた。
辺境の小さな村で生まれたこと。
両親は良い人達であったこと。
七歳で受ける魔法資質検査で0を叩き出したこと。
村人達に迫害されたこと。両親が必死に庇ってくれたこと。
それに耐え切れず、一人で村を出たこと。
「十二歳で村を出たから、最初は本当に大変でさ」
「……やっぱり、どこも一緒なんですね」
「ライカ?」
「私もそうでした。魔法資質が無くて、両親に捨てられて……十歳の時にドミニクさんに拾って貰ったんです」
「ライカも、ドミニクさんに助けて貰ったんだ」
「はい。ドミニクさんは、アルカナホルダーの生き辛さを知っているから、私達のような人に手を差し伸べてくれてるんです」
「あの人、思った以上にスゴイ人なんだな」
「はい。ドミニクさんはスゴイ人なのです」
今度話を聞いてみよう。そんなことを考えてから、ノートは話の続きをした。
村を出た後、レオに出会ったこと。
レオのパーティーに入れて貰ったが、色々あって追放されたこと。
そして、ライカと出会ったこと。
ここまでの道のりは一通り話し終えたノートだが、思い出したくないものははぐらかして話した。
「ノート君、本当にすごい人生を歩んでいるのです」
「俺は別に願ってなんかいなかったんだけどなぁ」
「でも良かったです。その道のりが無かったら、私がノート君と出会うことも無かったですから」
「まぁそうだけどさぁ……俺なんかと出会っても得なんかないだろ」
「そんなことないのです! だってノート君は、初めてできた男の子のお友達ですから!」
フンスと鼻息荒く語るライカ。
そんな彼女を見ながら、ノートはポカンとしていた。
「友達?」
「はいです! あれ、もしかして私の片思いでしたか!?」
「いやそうじゃなくて……いいのかなって」
ノートの言葉の意図が分からず、ライカは首を傾げる。
「俺なんかが友達でも、いいのかなって」
「どうしてですか?」
「どうしてって、だって俺は――」
「無能なんかじゃないですよ」
「ッ……!」
「ノート君は無能なんかじゃないのです。だってノート君は色々できるじゃないですか」
「色々?」
「はい。モンスターと戦えますし、お料理も上手です」
「料理はほぼ独学の、見よう見まねだけどね」
「そうなんですか!?」
変なところに興味を持たれた。
詳しく掘り下げられたが、ノートは流石に自分が転生者であることは伏せた。
「やっぱりノート君はスゴイのです」
捻くれているのか、ノートの心には中途半端にしか響かない。
どんな反応をすれば良いのか悩んでいると、ライカが手を差し伸べてきた。
「……握手?」
「はいです。お友達になる第一歩なのです」
本当に自分に対して忌避感を抱いていないのだな、とノートは内心驚く。
だが同時に、彼女の優しさが心に染み込んでくるのを感じていた。
ノートは恐る恐る、手を差し出す。
「はい。捕まえたです」
手を握られた。
それは小さくてか細い、女の子の手であった。
「えへへ、これでお友達なのです」
「あっ、うん……そうなの、かな?」
「そうなのです。初めての男の子のお友達なのです」
そうとう嬉しいのか、ライカの後ろに激しく揺れる犬の尻尾を幻視する。
なにより笑顔が綺麗であった。
彼女の笑顔に、ノートはしばし釘付けになる。
「ノート君、どうしたですか?」
「え、いやぁ、なんでもないです」
窓から入った月の光に照らされて、ライカの銀色の髪も目立つ。
改めて彼女が美少女と呼ばれる分類であると、ノートは認識した。
そんなライカに見つめられるのが恥ずかしくなったのか、ノートは慌てて話題を変えた。
「それよりさ、ライカの話も聞かせてよ」
「私のですか?」
「俺だけじゃ不公平だろ。だからライカの話も聞きたい」
「そうですねぇ……じゃあドミニクさんと出会った時から――」
自身の話を始めるライカと、それを聞くノート。
夜はどんどん更けていく。
二人の会話ははずみ、結局眠るまで続いたのであった。
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