第九話:入団試験?
好評を得た朝食時も終わり、昼になる。
ノートはドミニクとマルクに連れられて、街の外にある森に来ていた。
今日はマルクとの模擬戦。緊張がノートの胃を痛めつける。
ちなみにライカ達女性陣はお留守番だ。
ライカと出会った時もそうだが、この森はあまり人が居ないのだ。
おかげで多少暴れても問題にはならない。
「マルク、これは模擬戦だからな。流石に木剣にしとけよ」
「ヒャハハハ。わかってるゼェ、リーダーァ」
「ノート。お前は何か得物は必要か?」
「えっとその、無くても大丈夫です」
どうせ武器を渡されたところで使いこなせないのだ。
徒手格闘の方がまだ勝ち目がある。
ノートの意思を確認したドミニクは、何処からか模擬戦用の木剣を取り出した。
「(あれ? 今どこから剣取り出したんだ?)」
そもそもドミニクは手ぶらで来ていた筈。
そんなノートの疑問に答えが出ることなく、ドミニクはマルクに木剣を渡した。
「昨日も言ったが、あくまで今日はノートの力を見るだけだ。まぁ気楽にやれ」
「だが無様を晒したら、俺がテメーを追っ払ってやるからなァ」
「まぁマルクの事は置いといて。勝利条件は俺の審判、もしくはどちらかが降参するまででどうだ?」
「ヒャハハハ。いいねぇリーダーァ、単純で分かりやすい」
「ノートもそれで構わないか?」
「はい!」
まともに人間とやり合うのは初めてのノート。
自分自身どこまでやれるのか分からないので、勝負の条件に異論は生まれなかった。
ドミニクは二人から離れて、ノートとマルクは距離をとって構える。
「二人とも準備はいいな。それじゃあ始めッ!」
ドミニクの合図と同時に、マルクが仕掛けてきた。
猛スピードで距離を縮めて、木剣でノートに斬りかかる。
「ヒャァァァハァァァ!」
「うわっ!?」
ノートは慌ててスキルを発動した。
弾く領域が展開された両手の平を、前方に出す。
すると木剣はノートに掠ることすらなく、まるでバネの反発を受けたかのように弾き返されてしまった。
「オイオイオイ。いきなり俺っちの攻撃を防ぐたァ、生意気な坊ちゃんだなァ!」
マルクは鍛えられた腕のバネを活かして、激しい連撃を繰り出す。
ノートは必死にその動きを見極めながら、襲い掛かる木剣を弾き続けた。
「(くっ、すごい速度の攻撃だ。これがSランクパーティーの実力)」
自分でも驚く程の集中力で、ノートは防御に徹する。
森の中で、木剣が風を切る音と、それが弾き返される「パァン」という奇妙な音が鳴り響く。
何度も何度も攻撃が弾き返されたマルクは、大きく後退しノートから距離をとった。
「ヒャーハァ。オイオイオイ、なんだよそのスキルは。気持ち悪いったらあちゃしねーゼェ」
「た、大抵の物なら何でも弾き返せますから」
「大抵の物ねぇ。じゃあこういうのはどうだァ!?」
するとマルクの握っていた木剣に緑色の光が灯る。
何か仕掛けてくる。
ノートは木剣の動きを見極めながら、両手の平を前に出して構え続けた。
「スキル。エアロ・スラッシュゥ!」
マルクはノートから距離をとったまま、その場で木剣を振り下ろした。
一瞬、彼が何をやったのかわからなかったノート。
だが次の瞬間、身体を走り抜けた痛みで全てを理解した。
「なんで離れたまま――ッ!?」
――スパン!――
右腕を僅かに斬られた。
走る痛みと共に、少量の血が流れだす。
「剣技しか使えねぇザコが、ウチのパーティーに居るわけねぇだろォ」
「魔法。いや違う。さっきスキルって言ってた」
即ちマルクはスキルホルダー。
それもこの世界では貴重な、実戦的なスキルを保有している人間だ。
「最悪だ……」
ノートの顔が青ざめる。
だがそれは、マルクの実力に恐れを抱いた訳ではない。
相性が最悪だったのだ。
ノートのスキルは大抵の物質であれば弾き返すことができる。
だがその反面、物質ではない攻撃は一切弾き返すことができないのだ。
炎、雷、そして風。
今しがたマルクが使用したのは、恐らく真空の刃。
ノートにとって天敵中の天敵であった。
「(どうする。どうする!?)」
内心焦るノート。だがそんな彼の様子など気にも留めず、マルクは次なる攻撃を仕掛けてきた。
「ヒャハハハ! ボーっとしてるんじゃねーゼェ、坊ちゃんよォ!」
ヒュンヒュンと、木剣を振る音が二回聞こえる。
ノートは咄嗟に、横に跳ぶことで攻撃の回避を試みた。
「痛っ!」
――スパン! スパン!――
飛来した真空の刃は、ノートの後方にあった木に着弾する。
しかし僅かに回避し損ねたせいで、ノートの脛に小さな切り傷ができてしまった。
「まだまだマダァ!!!」
マルクは木剣を激しく振るう。
当たるのは不味い。
ノートはとにかく駆け出して、少しでも真空の刃が当たらないようにした。
――スパン! スパン! スパン!――
外れた真空の刃が木々に着弾する。
だが何発かは回避しきれず、ノートの皮膚を傷つけていた。
「ヒャーハー! 逃げてばっかじゃ勝負になんねーゼェ!」
マルクの言う通りだった。
このまま逃げ続けても、いずれノートの体力切れで勝負がついてしまう。
しかし相手のスキルはノートの天敵。
状況を打破するには、攻略法を見出さなければならない。
「(何か、何かないのか!?)」
その時ノートは不思議な感覚に囚われていた。
追い詰められて絶体絶命だというのに、頭の中は驚く程スッキリとしている。
思考が加速すし、視界に映るものがスローに見える。
空間内の情報が手に取る様に分かる。
そして気がついた。
「あれ、マルクさんの攻撃って」
超加速した思考でマルクの攻撃を観測したノート。
彼はマルクの出す真空の刃は、木剣を振るった直線上にしか飛んでいない事に気がついた。
だがそれだけでは勝機に繋がらない。
ノートの視線は自身が居る背景に移る。
「森……木……よし!」
考えがまとまったノートは、一度自分の身体を木の後ろに隠した。
「隠れても無駄だゼェ!」
再び木剣を振るうマルク。
だがそれでいい。
「一瞬あれば、なんとかなる!」
ノートは地面に手をあてて、スキルを発動した。
昨日森でやった時と同じように、自分の身体を飛ばしたのだ。
ただし今回は角度を変えてある。
斜めに飛んだノートの身体は、高くそびえ立つ木にぶつかった。
「なんだとォ!?」
木に手がくっつくノート。
そのまま留まっている木に対して、スキルを発動する。
次は別の木に移動するのだ。
「ほう。面白いことするな」
ドミニクが関心する声を出すが、ノート達には聞こえていない。
ノートは木から木へと、超高速で飛び移り続けて、マルクを撹乱した。
「ピョンピョン跳ねやがって、テメーはモモンガか何かかよォ!」
ノートに当てようと、真空の刃を乱射するマルク。
しかし真空の刃の速度よりも、ノートの移動速度の方が僅かに早かった。
立体的に木々を飛び移り続けるノート。
そしてスキルの連射を止めないマルク。
「(そうだ、もっと撃て)」
疲労が襲ってきたのかは分からないが、マルクの手が一瞬止まる。
それこそが、ノートが求めていたチャンスでもあった。
「今だ!」
隙は逃さない。
ノートはスキルを発動する角度を変えて、地上にいるマルクへと自身を弾いた。
「うォォォ!」
猛スピードで接近するノートに対処する術がないマルク。
ノートは右手に拳を作って、スキルを集中させた。
「(外すようにッ!)」
マルクに拳が当たらないよう意識しつつ、ノートは地面に向かって拳を解き放った。
「
――怒轟ォォォォォォォォォォォォォン!!!――
凄まじい衝撃波が森の中に発生する。
それは、人間一人を吹き飛ばすには十分な威力であった。
「グェ!?」
短い声を出して、吹き飛ばされるマルク。
彼はそのまま近くに生えていた木に、勢いよくぶつかった。
「ハァハァ。俺、勝ったのか?」
「いや、まだだ」
ノートの言葉を、ドミニクが即座に否定する。
すると、木に激突していたマルクが木剣を杖に立ち上がってきた。
「オイオイオイ。流石に今のは効いたぜェ、坊ちゃんよォ」
ユラリと不気味な動きをしながら、マルクは木剣を構え直す。
「まだまだ勝負は終わってねェゼェ!」
再び木剣に緑色の光が灯る。
恐らく同じ手は二度も通用しない。
「(だったらこうだ!)」
ノートはその場でしゃがみ込み、両手の平を地面に当てた。
「なんだ? 土下座でもすんのかァ?」
マルクの挑発を聞き流し、視線を逸らさないノート。
作戦はまだあるのだ。
その場で固まるノートを、ドミニクが見守る。
「まだ何か手はあるみたいだな」
ドミニクがそう呟いた次の瞬間、マルクが木剣を振り下ろした。
「今だ!」
同時にノートがスキルを発動する。
今度は地面に対して少し斜めに弾く。
そうする事で、ノートの身体は超スピードで横に逸れた。
「チッ、まだ技があったのかよ!」
舌打ちをするマルクを横目に、ノートは何度もスキルを発動する。
今度は木々を使った立体的な軌道ではなく、地上での平面的な軌道だ。
左手で弾いて、右手でブレーキをかける。
マルクのスキルが当たらないように、高速移動を続ける。
そして、背中をとった。
「でりゃッ!」
地面を大きく弾き、ノートはマルクの背中に体当たりをした。
弾く際に生まれるエネルギーによって、凄まじい力をかけられたマルク。
鍛えられた身体も虚しく、後ろから地面に押し倒されてしまった。
「テ、テメェ」
抵抗しようとするマルク。
だがノートは、すかさずマルクの後頭部を掴んだ。
「マルクさん。降参してください」
「冗談言うんじゃねーよ。俺っちはまだまだ元気だゼェ」
「この距離なら、マルクさんが抵抗するよりも早く俺のスキルを発動できます」
「ほう」
「ゼロ距離で地面に対して撃てば、人間の頭なんて簡単に粉々にできる筈です」
実際の所はノート自身にもわからない。
むしろハッタリが百パーセントだ。
これで降参してくれれば嬉しいのだが、マルクは不敵に笑うばかりだった。
「甘いなァ坊ちゃん。甘々だゼェ」
「……」
「もしも俺っちが奥の手を隠していたらどうするんだァ? 坊ちゃんは今頃死んでるかもしれねーぞォ?」
「降参してください」
「それが甘いんだよ。降参して欲しけりゃ力でねじ伏せるんだなァ。さっき俺に撃とうとした技みてェによォ」
衝撃拳の事だろう。
ノートの額に冷や汗が走る。
「なんで外したんだ? 模擬戦だからかァ?」
「あれは……人に撃つ技じゃない」
「そういう所が甘いんだよォ」
マルクは自分の背に乗るノートに声を荒らげる。
「俺っち達が行く仕事場はなァ! 命のやり取りが日常なのよ! そんな甘ちゃんだったら、一日も持たずに死んじまうぜェ!」
何も言い返せなかった。
ノートはこの世界における冒険者という職業の危険性は知っているつもりだった。
だが、いざこうして直接言われると、はたして自分は本当に理解しているのか不安になる。
「だからヤれ。甘えるな。敵には情けをかけずに止めを刺せ」
「……嫌です」
「あぁ?」
「マルクさんは、これから仲間になってくれるかもしれない人です! だから俺は、降参してくださいって言ってるんです!」
「ヒャハハハ! 坊ちゃん何もわかってないなァ!」
「わかってるから言ってるんです!」
「なんだとォ?」
「頭では理解しています。でもこれは模擬戦です、命のやり取りじゃない。本番で俺がどれだけ戦えるかは、俺自身にもわかりません」
ノートは此方を見守っているドミニクに視線を向ける。
「でも、敵と味方の区別くらいはつきます! 俺が間違えた時は、容赦なく切り捨ててください! だから今は俺を信じて、降参してください!」
マルクの後頭部を抑える力を強めるノート。
その叫びが届いたのかは不明だが、マルクは先程とは違う高らかな笑い声を上げた。
「ヒャハハハハハハ! おいリーダーァ!」
「なんだ」
「コイツは相当な甘ちゃん坊やだぜェ。アンタに育てきれるかァ?」
「できるかどうかじゃない。俺がやるんだよ」
「……その言葉、忘れるなよ」
するとマルクは、右手に握っていた木剣を投げ捨てた。
「おい甘々坊ちゃん。ノートとか言ったなァ?」
「はい」
「ウチは甘くねェぞ。Sランクパーティーってのはな、油断した奴から死んでいく世界だ」
「……食いつきますよ。意地で」
そうしないと、明日がない身だから。
「ならせいぜい長生きするこったなァ」
「言われなくても、生きるつもりですよ」
「その前にリーダーァに殺されちまうかもなァ!」
「おいおい、失礼な事言うんじゃねーよ」
ヒャハハハと笑い声を上げるマルク。
ふと笑い声を止めると、彼はこうい言った。
「降参だ」
「えっ」
「降参だっつってんだよ。さっさと退きやがれ」
「は、はい!」
慌ててノートはマルクの背中から降りる。
立ち上がったマルクは木剣を拾い上げて、ドミニクに渡した。
「ちゃんと責任持てよ、リーダーァ」
「言われなくてもそうするさ」
「そんじゃ、俺っちは先に帰るなァ」
手を振りながら、マルクは飄々と森を後にしていった。
残されたノートは呆然とする。
「えっと……俺、勝ったんですか?」
「あぁ、勝ったよ。一応な」
「一応?」
「少し離れて、よく見てろ」
ドミニクに言われるがまま、ノートはその場から少し離れる。
するとドミニクは手に持った木剣を近くの木に向かって投げた。
先程、マルクが激突した木だ。
――スパァン!――
「えっ!?」
木剣がぶつかると同時に、真空の刃が先程までノートが居た場所に放たれた。
「驚いたか? マルクのスキルはな、あらかじめ何かに設置しておく事もできるんだよ」
「……もしかして俺って」
「実戦だったら負けてたな」
あの攻撃を自分が受けていた可能性を考えて、ノートはぞっとする。
だがそれ以上に、手加減されていたという事実が心にダメージを与えた。
「アイツの言う通り、今のお前は甘ちゃんだ」
「……はい」
「こっから先の道は険しいぞ。ついてこれるか?」
「それしか……俺に道はありません」
「……まぁいいだろう。ノート、俺がお前を育ててやる」
「はい!」
ある程度の覚悟は決まった。
後の事は未来の自分に任せよう。
ノートはそう決意した。
「改めて我が冒険者パーティー『
ひとまず入団試験はクリアした。
このパーティーで一から頑張ろう。
ノートは少しばかり期待に胸を膨らませていた。
「さーてと、俺らもそろそろ帰るか」
「了解です。リーダー」
「ドミニクさんでいいぞ」
「はい、ドミニクさん」
ドミニクに案内されつつ、帰路につくノート。
その道中、ノートはある事に疑問を抱いた。
「(あれ? そう言えば俺、なんで木にくっつけたんだ?)」
我武者羅すぎてその時は気づかなかったが、今までにない事をやっていた。
スキルの一部だろうか。
自分の中に眠る未知に、ノートは軽い不安を覚える。
「(結局、俺の「力」って何なんだろうな?)」
誰にも答えを与えられず、ノートは悶々と悩むばかりだった。
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