第三話:放っておけない!

 絡みつく草を足で千切りながら、ノートは必死に森を駆ける。

 震える歯は、意地で噛み締めた。

 走れば走る程、気配と音が大きくなっていく。


 そして、咆哮が響いてきた。


「ブモォォォォォォォォォォォォォォ!!!」


 咄嗟に身を隠すノート。

 木の影から、そっと様子を見る。


「あれは!」


 そこにいたのは大型の猪型モンスター。

 真っ黒な毛皮に包まれていて、悪魔の如き角が生えている。


「最悪だ。なんでこんな所にデビルボアがいるんだよ」


 ランクCの大型モンスター、デビルボア。

 この世界では悪い意味でメジャーな荒くれモンスターだ。


「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」


 デビルボアは咆哮を上げながら、何かへ突進を繰り返している。

 ノートが恐る恐るその先を見ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「えっ!?」


 デビルボアと対峙しているのは、長い銀髪と赤目が特徴的な少女。

 ぱっと見はノートと同い年くらいに見える。

 そんな少女が凶暴なデビルボアと対峙している事も驚きだが、もっと驚愕すべき所がある。


 少女の身体から、一つの像が浮かび上がっていた。

 半透明だが、見た目はレイピアを持った白い騎士。

 少女の背中から生えるように浮かび上がっているその像が、六角形の集合体のようなバリアを張って、少女を守っているのだ。


「なんだ……あれ」


 魔法だろうか。はたまた何かのスキルだろうか。

 だが巨大な騎士の像を出現させる技など、ノートは聞いたことが無かった。


「高ランクの冒険者か?」


 なら自分は邪魔だったか。そんな考えが過ったが、それも一瞬。

 ノートの視界には、息を荒くして、今にもエネルギー切れを起こしそうな少女の姿が飛びこんで来た。


「違う、あれマジで危ないやつだ!」


 後は身体が自然に動いた。

 ノートは木の影から飛び出し、デビルボアへと声をかけた。


「おいデビルボア! こっちだこっち!」

「えっ!? 何してるんですか、危ないですよ!」

「危ないのは分かってる! でも放っておけない!」


 まんまと挑発に乗ったデビルボアは、目標をノートへと切り替える。

 無関係の物を巻き込んだ自責からか、少女は顔を青ざめさせていた。


「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

「ダメ! 逃げてくださいです!」

「さぁ来い、さぁ来い」


 猛スピードで駆け寄ってくるデビルボア。

 ノートはすかさず右手を突き出し、スキルを発動した。


「弾いてやる!」


 突進するデビルボアの牙がノートに刺さる……ことはなく。

 ノートのスキルによって、デビルボアは大きく後ろへと弾き飛ばされてしまった。


――怒轟ォォォン!――


 木々をなぎ倒しながら、デビルボアは後方に吹き飛ばされる。

 その様子を、少女は呆然と見ていた。


「すごい」

「君、大丈夫?」

「はい。あの、貴方は?」

「えーっと、ただの通りすがりです。じゃなくて。あのデビルボアまだ生きてる」


 起き上がる音と、地面を踏みしめている音。

 それだけで奴の生存は確認できた。

 ノートはこの状況を打破する方法を、超高速で考える。


「君、なにか攻撃手段は持ってる?」

「……ごめんなさいです」

「分かった。じゃあプランBだ」


 策は思い浮かんだ。しかしそれを説明する時間は無かった。


「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」


 復活したデビルボアが再び二人に攻撃を仕掛けてきた。

 ノートは咄嗟にスキルを発動して防御しようとするが、一瞬間に合わない。

 このままでは不味い。そう考えた次の瞬間だった。


「守って! 『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』!」


 少女の背中から、再び白騎士の像が出現する。

 そして白騎士がレイピアを振るうと、二人の目の前に無数のバリアが張られた。


――ガキン! ガキン!――


 バリアがデビルボアの攻撃を完全に防ぐ。

 だがやはりエネルギー切れ寸前なのだろう。少女の顔には焦りの汗が流れていた。

 攻撃手段はないと言っていた少女にとっては絶体絶命のピンチ。

 しかしノートにとっては、少しだけ好都合な状況であった。


「ねぇ君、そのまま少しだけデビルボアを引きつけられる?」

「えっ、はい」

「よし、じゃあよろしく!」


 そう言うと、ノートは左手を地面に当ててスキルを発動した。


「弾く能力には、こんな使い方もあるんだ!」


 地面を弾く力を使って、ノートは木々よりも高く飛び上がった。

 すかさずノートは右手に意識を集中させる。


「俺が持つ唯一の攻撃技でッ!」


 弾く力を最大出力で一点集中。

 右で拳を握りしめ、地上のデビルボアに狙いを定める。

 当のデビルボアは自分が狙われている事に気づかず、ひたすらに少女が張ったバリアに突進を続けている。

 おかげで狙いは定めやすかった。


「ブモォォォォォォォォォォォォ!!!」

「食らいやがれ! 衝撃拳インパクトォ!!!」


――怒轟ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――


 たかが弾く力、されど弾く力。

 一点集中されたその力と拳は、最早物理的な壁を無に帰す一撃。


「ブモォォォ!?」


 背中に一発。

 ノートの放った衝撃拳は、デビルボアの胴体に風穴を空けた。

 まともに喰らったデビルボアは、短い断末魔を上げて、その場に倒れ込むのだった。


「よし!」

「……すごい」


 ランクCのモンスターを一撃で葬った攻撃に、少女はただ呆然とする。

 すぐに我に返った少女は白騎士の像を消し、ノートの元へと駆け寄った。


「ちゃんと死んでるよな? 大丈夫だよな?」

「あの! 助けくれて、ありがとうございますです」


 深々とお辞儀をする少女に、ノートは少したじろぐ。


「い、いやあ。なんか放っておけなくて勝手にやっただけだから。そんなに気にしないで。というか、君は大丈夫なの?」

「ライカです」

「へ?」

「私の名前、ライカって言います。貴方の名前は?」

「……俺はノート」

「はい、ノート君ですね。本当にありがとうございますです」

「分かった、分かったから。そんなにお辞儀しないで!」


 どうにも感謝される事になれていないノート。

 深々とお辞儀をするライカを必死に止めようとする。


「あの、良かったら何かお礼をさせてください」

「いやお礼なんてそんな――」


 断ろうとした瞬間。あまりにもタイミングよく、ノートの腹の虫が鳴り響いた。


「えっと、じゃあ一緒にお食事でも」

「できれば一晩寝る場所も欲しいかなーって」

「あはは、すごくお困りさんのようですね」


 少し苦笑いするライカと、もはや恥は投げ捨てていたノート。

 少しの食事と明日を生きる為の寝床を手にできるなら、今の彼はなんでもする気概だった。


「じゃあ街に行きましょう。私の所属しているパーティーの本拠地がそこにあるんです!」


 急にライカに手を握られて、ノートは少しドキッとする。

 思春期の十四歳だ、仕方ない。

 そんな時だった。ノートはライカの右手に痣がある事に気がついた。


「あれ? ライカ、その右手の痣って」

「えっ!?」

「もしかしてデビルボアの攻撃で――」

「ノート君、この痣が見えるんですか!?」

「いや、普通に見えるけど」


 妙に驚くライカを訝し気に思いながら、ノートはライカの右手に視線を落とす。

 よくよく見れば、それは何かの模様のようにも、文字のようにも見えた。

 だがそれより気になった事は、似ていた事だ。


「……似てる」


 ノートは自分の右手の甲を見せる。

 形こそ違えど、二人の痣はよく似たものだった。


「ノ、ノート君。それって」

「あぁ、生まれつきある痣なんだけど――」

「もしかしてノート君もアルカナホルダーなんですか!?」

「いや、アルカナって何?」


 ノートの疑問が聞こえてないのか、ライカは幼子のように目を輝かせる。


「あの、ノート君ってどこかのパーティーに所属してるんですか?」

「えーっと、その……さっきまでは所属していたと言いますか、ぶっちゃけ今日追放されました」


 自分で言ってダメージを受けるノート。

 だがそれに反して、ライカは目の輝きを増すばかりだった。


「それじゃあ、色々なお話は本拠地でしましょうです!」

「あ、はい」


 グイグイ押してくるライカにたじろぎつつ、されるがままになるノート。

 だがこれで良いのかもしれない。

 とりあえずは明日を生きれそうなので、ノートは安心してライカに手を引かれていた。


「それじゃあ、れっつごーなのです!」

「ごー……ところで、このデビルボアの死体どうする?」

「あっ」


 素材を剥げば高値で売れるのだ、そのままにしておくのは勿体ない。

 二人は色々思案したが、ナイフも何も無いので泣く泣く諦めるのだった。

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