第二話:これからどうしよう?

 前の世界。即ち地球での記憶を、ノートは断片的にしか持っていない。

 その断片情報だけでも、自分の前世があまり良いものでは無かった事は理解できた。

 だからこそ、ノートは生まれてすぐに期待してしまったのだ。

 異世界転生をすれば、何かが大きく変わるのではと。


 しかしそれは甘すぎる幻想であると、ノートはこの十四年の生で嫌と言うほど理解してしまった。


 自分が生まれ落ちた世界が、剣と魔法のファンタジー世界だと知った時は、期待に胸を膨らませた。

 ここから物語が始まるのだ、自分が主人公の異世界チート無双物語が。

 そんな物語は始まる事なく、自分が主人公ではないと理解させられたのは、ノートが七歳になった時だった。


【魔法資質:0】


 魔法資質の検査で、ノートが水晶に浮かべた一文だ。

 両親の絶望の表情を、ノートは今でも覚えている。

 ならばと剣技を磨こうとしたが……入学試験で試験官に言われた言葉は……


『剣技の才能無し!』


 全てにおいて無能。

 それがノートがこの世界で背負った運命だ。


 そんな無能者を産んだとして、彼の両親は周りから白い眼を向けられるようになった。

 それが耐えがたく苦しかったノートは十二歳の時に、書置きを残して実家を去った。

 そして旅の道中で同じ転生者であるレオに拾われたのだが……


「はぁ……」


 そこからも追放された。


 パーティーを追放されたノートは、ギルドのあった街から少し離れた森にで途方に暮れていた。

 何か当てがあったわけではない。前のパーティーメンバーとすれ違いたく無い一心で、衝動的に出てきたのだ。


「これからどうしようか」


 ほとんど着の身着のままで追い出されたので、大した物は持っていない。

 所持金は銅貨三枚。これでは先程の街で宿に泊まる事もできない。


「せめてテントくらい貰ってくれば良かったなぁ……もう後の祭りだけど」


 呆然状態で街を去ってしまった事を、今になって後悔し始める。


「どこかで仕事しないとダメなのは分かってるんだけど……ハンデが大きすぎるんだよぉ」


 この世界において、ノートが背負ったハンデは想像以上に重い。

 魔法資質皆無のせいで、過半数以上の職業につけない。

 剣技の才も無いので傭兵にもなれない。

 果ては地球の知識で何かしようにも、ノートにはこの世界で活かせるような記憶が残っていなかった。


「なんだよぉ、もうちょっと地球の知識残ってたっていいじゃんかよぉ」


 森の中で弱音を吐露する。

 完全に詰みだ。

 ノートは涙目で、右手の甲を見る。


「この痣とスキルも、全然役に立たないし」


 ノートの右手には、生まれつきついている謎の痣がある。

 右手に意識を集中させると、痣が微かに光り、ノートが持つ唯一のスキルが発動するのだ。


「それっ」


 左手で握った石を、右手の平に向けて投げる。

 だがその石が手の平にぶつかる事は無く、数センチ手前に到達した瞬間に弾き飛ばされてしまった。


 これがノートが持つスキル。

 自分の手の平に、大抵の物質であれば磁石が反発するように弾き飛ばせる領域を展開する能力。

 名前は特に無い。


「これが実戦で役に立てばなぁ……無い訳ではないけど、限定的すぎるし」


 実用性はほぼ無いに等しい能力。

 これだけを与えられて産み落とされた事実に、ノートは神への怒りを覚えていた。


「あぁ……お腹空いた」


 自生しているキノコを食べる勇気はない。

 かといって狩りをしようにも、ナイフなどは持っていない。


「生きなきゃ明日は来ない。それは分かっているけど、明日が暗い」


 だけど死ぬつもりも毛頭無い。

 ノートは必死に頭を動かして、今日を生きる方法を模索し始める。


 その時だった。


「ッ!」


 落ち着いて感覚神経が研ぎ澄まされた結果か、ノートは何かの気配を感じ取った。

 距離は遠い。大きな足音と、木をなぎ倒す音。


「大型モンスター!? 逃げなきゃ」


 自分では勝ち目がないと理解しているが故の行動。

 ノートはすぐにその場を後にしようとする。

 だが次の瞬間、大型モンスターとは別に、何か小さな気配を感じ取った。


「えぇッ!?」


 耳を研ぎ澄ませる。

 大型モンスターの音とは別に、小さな足音が混じっている。

 恐らく人間が一人。それも自分と同い年くらいだ。

 声質からして恐らく女の子。


「……どうする」


 別に手を貸す義理は無い。

 そもそも自分は弱い。

 ならここは気づかなかった振りをして逃げるのが得策。

 街に戻って、誰か助けを呼べばいい。間に合わないだろうけど。


「逃げなきゃ、逃げなきゃ……でも」


 ノートの足は、恐怖心とは真逆に動こうとしていた。

 気づいてしまったのに、見捨てる。

 ノートにはそれができなかった。


「ッ!」


 歯を食いしばりながら、ノートは気配がする方へと駆け出していった。

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