第四話:戦乙女の焔(フレア・ヴァルキリー)

 ライカに手を引かれて、ノートは森の中の獣道を進んでいく。

 行き先は先程自分が出て行った街。まさかこんなにもすぐに戻る事になるとは、ノート自身予想もしていなかった。

 森の中を一歩進むごとに、どこか気まずいものが膨らんでいく。

 そんなノートの気持ちを知らずか、ライカはニコニコとした笑顔で帰路についていた。


「~♪」


 鼻歌まで歌う始末だ。

 ライカのご機嫌な様子に水を差すのも憚られたので、とりあえずノートは黙る。

 それはそれとして、何故彼女がこれほどまでに上機嫌なのかは、謎だった。


 そんな事を考えている内に、獣道が終わりを迎える。

 森を出ると、街の入り口はすぐそこだった。


 アインスシティ。

 大きなギルドがあり、様々な冒険者が集う活気溢れる街だ。

 時間は夕方。街に入れば人々の談笑と、客を呼び込む商人達の声が聞こえてくる。

 目に入る建物はレンガと木で出来た、いかにもファンタジー世界なものばかり。

 街道には誰かが使役しているモンスターも闊歩しているので、そのファンタジー感は更に増している。

 走っている馬車を見れば、なんとなく時代も感じ取れる。


 そんな街の門をくぐるや、ノートは上着についていたフードを深々と被った。


「あれ? ノート君どうしたんですか?」

「いや、その、前のパーティーの人達がまだ街にいるから……顔見られたら気まずいというか何というか」


 もしも今鉢合わせたら何を言われるか分かったものではない。

 勿論それはライカに対してもだ。

 無能者と一緒にいるだけで何か言われる、そんなな後味の悪い展開だけは避けたかった。


「大丈夫なのです。悪い人相手だったら私が追い払っちゃうのです」


 手を強く握って微笑むライカ。

 女の子に守ってもらうというのは情けなさを感じる。ただ今のノートにとって、味方がいるという事実はどこか心を温めるものがあった。

 いや、やはり情けなさが勝つ。ノートは顔を赤く染めて、軽く項垂れた。


「あれっ!? ノート君どうしたんですか!?」

「色々と、自分の未熟さを痛感したんだ」


 涙だけは耐え抜いた。男の子の意地だ。


 そうこうしている内に、どうやら目的地に到着したようで。


「着きました。ここがパーティーの本拠地なのです!」

「……宿屋?」


 ライカに連れられて到着したのは、大きな建物。

 ぱっと見の外観は宿屋。部屋数は多そうだ。

 ノートは宿屋の一室を本拠地にしているのだろうかと思ったが、それらしい看板は無い。

 あるのはパーティーシンボルらしき旗のみ。描かれているのは鎧と、炎だ。


「お金持ちパーティー?」

「どうなんでしょうか? 私は他のパーティーをよく知らないので、わからないのです」


 ノートにはそうとしか思えなかった。

 これ程の建物を丸一つ本拠地にできるなど、金持ちパーティーか、高ランクパーティーの二択である。


「さぁさぁ、入ってくださいです」


 ライカに手を引かれるがまま、ノートは建物の中へと足を踏み入れた。


 中は綺麗で広々としていた。

 一回は大広間兼食堂だろうか、ライカの仲間らしき人物が三名程こちらに注目している。

 ノートは思わず辺りを見回す。

 すると、壁に掛けられている金の盾に気がついた。


「(ランクを示す盾だ)」


 ギルドから金の盾を貰っているという事は、それなりにランクが高いのだろう。

 ノートは何気なしに、盾に刻印された星の数を数えた。

 パーティーのランクは星の数を見れば分かるのだ。


「(星が一つ二つ三つ……えっ、七つ!?)」


 盾に刻印されていた星は七つ。

 それは、ギルドからパーティーに与えられる最大数の星であった。


「ラ、ライカ。君が所属しているパーティーって」

「はい。Sランクなのです」

「Sランク!?」


 とんでもないパーティーの本拠地に来てしまった。

 ノートが緊張と畏れ多さに震えていると、一人の女性が近づいてきた。


「あらライカ、おかえり」

「カリーナさん、ただいまです」

「そっちの男の子は?」

「あっ、ノートって言います」


 長い黒髪と同性が嫉妬しそうなスタイルを持つ女性、カリーナが二人を出迎える。

 滅多に見ない綺麗な大人の女性を前に、ノートはまた顔を赤くしていた。


「あらあらあら~。君ぃ、もしかしてライカのコレ?」

「これ?」

「いやいや違います! 俺達初対面です!」

「えっ、初対面なのに手をつけたの!? どっちが!?」

「手をつける? 握手ですか?」

「どっちも違います!」


 必死に否定をするノートを見て満足したのか、カリーナは笑い声を上げながら彼の肩を叩いた。


「ゴメンゴメン。冗談よ」

「し、心臓に悪いです」

「いやぁ、ライカが男の子を連れてくるなんて初めてだったから。珍しくてね」

「はい。初めて連れてきました! それでカリーナさん、ドミニクさんはいますか?」

「アイツなら自分の部屋で寝てるわよ」

「了解なのです! ノート君、少し待っててくださいです!」


 そう言うとライカは猛ダッシュで奥に消えていく……と思ったらUターンして戻って来た。


「忘れてました! カリーナさん、頼まれていた薬草なのです!」

「あら、お疲れ様」

「はい! では今度こそ」


 再びライカは猛ダッシュで奥へ消えていった。

 残されたノートは呆然と立つ事しかできなかった。


「で。君はライカと何繋がり?」

「えーっと、どこから話せばいいのか……」


 ノートは多少詰まりながらもここまでの経緯を話した。

 森の中でライカがデボルボアと戦っていたこと。

 困っていたので、自分が咄嗟に加勢したこと。

 協力してデビルボアを倒した後、ライカに誘われて此処に来たこと。

 宿も金も無いので、一晩泊めて欲しいとお願いしたこと。

 パーティーを追放された下りは、恥ずかしくて話せなかった。


「なるほどね。君、ライカを助けてくれたのね」

「助けるだなんてそんな……俺は自分勝手に動いただけです」

「でも結果的にあの娘が助かった。ありがとう、アタシ達の仲間を助けてくれて」


 カリーナに頭を撫でられる。

 人に褒められるという経験に乏しいノートは、どうにもむず痒いものを感じていた。


「とりあえずデビルボアの死骸は後で回収に行くとして。ノート君は行くあて無いんでしょ? だったら遠慮なくウチに泊まっていきなさい」

「いいんですか!?」

「もちろん。ご飯も食べていきなさいな」


 明日の命に繋がった。ノートは心の中で狂喜乱舞した。

 宿だけでなく食事にもありつける。ノートは信じてもいない神様に感謝していた。


「リーダーにはアタシからちゃんと言っておくから。今日はゆっくり休みなさい」

「あれ、カリーナさんがリーダーじゃないんですか?」

「アタシはボンクラリーダーのお目付け役。ここのリーダーはドミニクって奴よ」

「ドミニクさん、ですか」

「そうよ。まぁなんにせよアタシは君を歓迎するわ」


 そう言うとカリーナはノートに手を差し伸べた。


「ようこそ、冒険者パーティー『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』へ」


 拒絶されない優しさが、ノートの心に染みわたる。

 気がつけばノートの頬には一筋の涙が走っていた。


「ちょっ。泣く程嫌だった!?」

「いえ、違うんです。こう、優しくされるのが嬉しくて」

「……なんか君、苦労人っぽいね」


 苦労人の転生者です、とは口が裂けても言えなかった。

 ノートが涙を拭ってカリーナに向き合うと、奥から二つの人影がやって来た。


「ノート君、お待たせしましたです!」

「ライカ、ドミニクの奴は?」

「はい。ちゃんと起こしてきたです!」


 ライカの後ろから大柄な大人の男性が姿を見せる。

 ぼさぼさで灰色の髪を掻きむしりながら、気だるそうにノートを見てきた。


「お前が、ライカの言ってた小僧か」

「えっと、はい。ノートっていいます……ドミニクさん、で合ってますか?」

「あぁ合ってるよ。俺がドミニクさんだ」


 少し目つきは悪いけど、優しそうな雰囲気の人だ。

 あと何故かやる時はやる大人って感じがする。

 それがノートがドミニクに抱いた感想だった。


「ノート君。こちらが私達のパーティーのリーダー、ドミニクさんなのです」

「う、うん」

「そしてドミニクさん。こちらがノート君。私を助けてくれた恩人で――」


 今日泊まる人です。そう続くと思っていたが、ライカが発した言葉はノートの予想を大きく外した方へ飛んで行った。


「私達のパーティー『戦乙女の焔』の新しいお仲間さんなのです!」


「……へ?」


 ノートは思わず変な声を漏らした。

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