第五話:入れ
ライカの唐突が過ぎる発言に、ノートは理解が追いついていなかった。
ポカーンと間抜け面を晒していると、カリーナに肩を叩かれる。
「ノート君ウチに入りたかったの?」
「えっ、そうなんですか?」
「いや、聞き返さないでよ」
「すいません……じゃなくて! えっ、なんでこうなってんの!?」
ようやく状況が飲み込めて、焦るノート。
今日は一晩の宿と温かいご飯が欲しくて来ただけなのに、何をどう間違えれば自分がSランクパーティーに入る事になるのか。
脳みそを必死に回転させたが、やはりノートには理解できなかった。
「あのライカさん? 俺何か粗相でもしたかな?」
「えっ? 何もしてませんけど」
「じゃあなんで俺がパーティーに入る流れになってるの!? 俺初耳なんですけど!?」
「はい。今初めて言いました!」
「まぶしい笑顔でトンチキな事言わないでくれよぉ」
胃と心臓に悪い。
ただでさえ無能者という負い目があるのだ。Sランクの本拠地にいるだけでも緊張ものなのに、入れと言われた日には穴が開いてしまう。
そんなノートの様子を知ってか知らずか、ライカとドミニクは勝手に話を進めていた。
「お部屋の用意とかどうしましょう?」
「空き部屋ならいくらでもあるから、適当な部屋に押し込めばいいだろ。案内はライカに任せる」
「りょーかいなのです!」
「はいはいそこの二人。話が見えてこないのと、ノート君が混乱してるからちゃんと説明しなさい」
カリーナに叱責されて、ようやく二人は周りに気がついた。
ノート達だけでなく、他のパーティーメンバーも何だ何だと集まる。
ドミニクは咳ばらいを一つし、ノートに向き合った。
「おい小僧。ノートだったか?」
「は、はい」
「ちょっと右手見せろ」
言われるがままに右手を差し出すと、ドミニクはまじまじと見つめ始めた。
聞き取れない程小さな声で呟きながら甲を見つめる大人に、ノートはどこか不気味なものを感じる。
そこでノートは思い出した。ライカも右手の痣を見て何か言っていた事を。
「……なる程な。おいカリーナ」
「なに?」
「コイツの右手、どう思う?」
「どうって。別に普通の右手でしょ」
「肌年齢は?」
「アタシよりピチピチ、ってやかましいわ!」
怒るカリーナを、ドミニクは「ガハハ」と笑い飛ばす。
「おい、他の二人も確認してくれ。コイツの右手に何がある?」
集まっていたパーティーメンバー二人がノートの右手を覗き込む。
だが揃って同じく「何の変哲もない。普通だ」という旨の答えをした。
それがノートには不思議で仕方なかった。
改めて自分の右手を見る。そこには確かに大きな痣があった。
「お前、不思議に思ってるだろ? なんで誰も痣の事に降れないんだって」
「は……はい」
「視認できないんだよ。この右手の痣は、特殊なスキルを持つ人間にしか見えない」
「特殊なスキル?」
するとドミニクは、自身の右手の甲をノートに見せてきた。
微かに違う所はある。だがその右手にある痣は、ノートやライカのそれとよく似たものだった。
「俺もその特殊スキル。アルカナのホルダーだ」
「アルカナ?」
「そして痣を視認できたお前も、アルカナホルダーなのは間違いない。ライカの痣も見たんだろ?」
「はい。見ました」
「女の子の秘密を見たって、なんかエロくね?」
「いや何の話してるんですか」
「ガハハ、冗談だ」
自分の持つ痣が何か特別な意味を持つという事は理解できたが、ノートはドミニクのノリに上手くついていけなかった。
そして心なしか女性陣からの冷たい視線がドミニクに突き刺さっている気がした。
「つーわけでだ。ノート、お前ウチのパーティーに入れ」
「いやいやいや。そうはならないでしょ」
「どうせ行く当てはないんだろ? それとも説得材料が足りなかったか。女か? 女を寄越せばいいのか? このスケベめ」
「俺一言もそんな事言ってません。単なる説明不足です」
「そうか?」
「まぁ、こればっかりはノート君の言うとおりね。ドミニク、アンタもっと丁寧に説明しなさいよ」
無精ひげを弄りながら首を傾げていたドミニクだが、カリーナに言われてようやく自分の説明不足を理解した。
「よしわかった、もっと簡潔に述べよう。お前が欲しい」
「簡潔すぎるわ!」
カリーナに頭を叩かれるドミニク。
それを切っ掛けに言い争う二人を見ながら、ノートは「何故」という言葉をリピートし続けていた。
本当に解らなかったのだ。何故目の前の男が、自分のような無能者を欲しがるのか。
そんなノートの心境を察したのかは分からないが、ドミニクはカリーナを黙らせて話を続けた。
「何故自分なんかをって顔だな」
「……当然ですよ。だって自分で言うのもなんですけど、俺は無能者ですよ」
「らしいな。さっきパーティーを追放されたばっかなんだって」
「はい。だって俺は――」
「魔法が使えない上に、魔道具も碌に動かせない。だろ?」
「っ!?」
「しかもその様子だと剣技の才能にも恵まれなかったってところか。前のパーティーでは差し詰め雑用係に甘んじていたんだろう?」
「……はい」
全部見抜かれていた上に、事実だった。
十分に理解している事とはいえ、こう面と向かって突き付けられると心が痛む。
だがそうなると、ノートは尚更パーティーに誘われている現状が理解できなかった。
「安心しろ。俺とライカも同じようなもんだ」
「えっ」
「魔法資質ゼロ。俺は少し特殊だが、ライカも剣技の才は無い」
「……からかってます?」
「まさか。魔法が使えないのはアルカナホルダー全員の共通事項だ。その代償として俺達は唯一無二の強力なスキルを使える」
「強力な、スキル」
「今日デビルボアと戦った時に、ライカの身体から出て来た魔人体……あぁ、白い騎士みたいなの見ただろ」
「はい。凄かったです」
「お前もあんな感じのもんを出せるはずだ」
「俺がですか? まさか」
やはりからかわれているのだろうか。
ノートは中々ドミニクという男を信じられなかった。
だがドミニクの目は至って真剣。とにかく意志を伝えようと必死に抗っているようにも見えた。
「自信のない小僧だなぁ、スキルは持ってるんだろ?」
「まぁ一応……大抵の物を弾くっていう雑魚スキルですけど」
「スキルの名前は?」
「ありません」
「なるほど、そりゃ自信出ねぇな」
一人で納得し、うんうんと頷くドミニク。
そんな彼を見てノートはどうしたものかと考えていると、ライカに袖の端を掴まれた。
「あの、嫌でしたか?」
「いやその、嫌というか分からないというか」
「わからないですか?」
「さっきも言ったけど、俺は無能者の雑魚だ。少なくともSランクパーティーなんかに必要とされる人間じゃない」
「そんなこと――」
「そんな事は無いぞ、小僧」
ライカの言葉を、ドミニクが遮る。
「確かに今のお前は戦闘においては弱いかもしれない。下手すりゃ雑魚だろう」
「ぐっ……はい」
「だけどな、それだけでお前を無能と言い切るには気が早すぎる」
「……」
「ウチのパーティーはな、有能な仲間を探してるんだ。将来性も含めてな」
「将来性、ですか?」
「そうだ。お前の持つ痣はいずれ強力な武器になる。それを俺は知っている。だから今こうしてお前を誘っているんだ」
自身に眠る可能性。それを示唆されて、ノートは今まで経験したことのない高揚を感じていた。
「だから何度でも言ってやる。お前は無能なんかじゃない。誰にも磨かれなかった原石なだけだ」
「俺は……」
「なぁに安心しろ、若人の育成は俺達大人の仕事だ。俺達がお前を立派なアルカナホルダーに育ててやる」
信じていいのか、判断しかねるノート。
ドミニクが噓を言っていないとも限らない。
だが、もしも彼の言葉が真実だといのなら……本当に自分が成長できるのなら、差し伸ばされた手をとる事に意味はあるのではないか。
「改めて言うぞ。ノート、お前ウチのパーティーに入れ」
これが本当にチャンスかどうかは分からない。
だがどうせ明日が見えなかった身だ。
これが明日の命に繋がるのであれば……
「……俺なんかで良ければ、よろしくお願いします」
「決まりだな。オメーら喜べぇ! 新しい仲間の誕生だァ!」
まばらに拍手の音が聞こえる。
ある程度は歓迎されているようだが、本心はどうか分からない。
「やったー! ノート君、これからよろしくお願いしますです!」
「あ、うん、よろしく」
満面の笑みでノートの手を握ってくるライカ。
恐らく彼女は本心から歓迎しているのだろう。
彼女の笑顔だけは不思議と自然に信頼できた。
「(なんだか……怒涛の一日だなぁ)」
どん底からの超スピード逆転劇とでも呼べば良いのだろうか。
何にせよ、野垂れ死ぬよりはずっとマシである。
この新しい職場で雑用でも何でもしてやろう。
ノートはそう決心するのだった。
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