第二十三話:俺がしたいこと
早朝、街外れの森の中。
早起きしたノートは、一人で自主訓練をしていた。
「……」
両手に意識を集中させて、力を籠める。
右手の痣が淡く光り、スキルが発動する。
だが魔人体は出てこない。
いつも通りの弾くスキルが発動するだけだ。
「……ダメだなぁ」
昨日本拠地に帰ってから、何度も魔人体を出そうと挑戦したノート。
ドミニクにも修業をつけてもらったが、依然として魔人体は目覚めない。
まだ自分の中に恐怖が残っているのだろうか。
それとも何か別の要因か。
ノートは一人悩んでいた。
「「力」は必要だと今は思う……だけど、何が足りないんだろう」
分からない。
何かが自分の中で引っかかっている気がする。
眼を閉じて、ノートは思い返す。
夢の中で言われた言葉。
『「力」と向き合え』
向き合うとは何なのか、ノートには分からなかった。
「俺、どう向き合えばいいんだろうな」
「力」を持つ理由でも作ればいいのだろうか。
そこでノートはふと思う。
「俺って、結局何がしたいんだろう?」
異世界転生して十四年が経った。
その中でノートはずっと、生きる事だけを考えていた。
それは無能者故の、生きる為の足掻き。
だが今は違う。
『
それでも自分の中で、やりたい事が浮かんでこない。
ノートは頭を捻らせるばかりであった。
「異世界転生したんだから、何かしたいってだけでもあるけど」
それでいいのだろうか。
この世界には倒すべき魔王は存在せず、ノートには特別な使命など無い。
ただ冒険者として生きるのみ。
その冒険者としての生き方も、それした選択肢がないからやっているだけだ。
ならば自分が今やりたい事は何だろうか。
心に少し余裕ができたからこそ、ノートは悩んでいた。
「……とりあえず、自主練続けるか」
恐らく時間はまだある。
今はとにかくドミニクの期待に応えたい。
そのためにも魔人体を出せるようになろう。
ノートはそのまま自主訓練を続けるのだった。
◆
それから小一時間後。
ノートは項垂れながら本拠地に戻っていた。
「結局ダメだった」
扉を開けると、朝食の良い香りが漂ってくる。
「あっ、ノート君。おはようございますです」
「おはようライカ」
「おはようノート君。朝からどこ行ってたの?」
「カリーナさん。ちょっとした自主練です」
「あんまり無茶しちゃダメよ。どうせこの後ドミニクの奴に連れ出されるんだろうし」
「あはは、一日でも早く成果を出したくて」
「本当にいい子ねぇ。ドミニクに見せてやりたいわ」
なおそのドミニクは昨日、泥酔した状態で帰って来たので、カリーナに容赦のないお仕置きを受けていた。
その事もあってか、カリーナは心底見習って欲しいと思ったのだろう。
ノートはただただ心中を察するしか出来なかった。
ノートは本拠地内にあるシャワー室で汗を流し、食卓につく。
皆で朝食を食べていると、遅れてドミニクが起きてきた。
「ふぁ~、おはよう皆の衆」
「ドミニク、アンタはもう少し早く起きなさい」
「うるせーな。お前は母ちゃんか」
「似たようなもんでしょ。ほら、さっさと仕度する」
「へいへい」
もはや何度も見てしまった『戦乙女の焔』での日常。
それすらもノートにとっては、心地いいものであった。
「ノート君は今日も修業ですか?」
「多分。ライカは?」
「今のところ予定なしです。きっとギルドに仕事探しですね~」
「え、Sランククエスト?」
「流石に私一人では無理ですよ。簡単な低ランククエストで小銭稼ぎです」
「いいなぁ。俺もそっちがいい」
「ドミニクさんに相談ですね」
何気ないライカとの会話。
それもノートにとっては心地良いものであった。
「おうノート。ギルドでクエストでも受けたいのか?」
「ド、ドミニクさん! いや、それはその」
「まぁ修業続きでも気が滅入るよなぁ……たまには別のことするか」
「えっ、いいんですか?」
「ライカと一緒なのがいいんだろ?」
突然小声で囁いてくるドミニク。
ノートの顔には急激に熱が昇っていった。
「ド、ドミニクさん!?」
「案ずるな思春期男子。おじさんが上手く取り計らってやる」
「色々と誤解している上に、信用できません!」
「辛辣だな新入り」
「上司の圧力には屈しませんよ」
ワイワイと言い合うノートとドミニク。
そんな二人を見て、カリーナは小さく微笑んだ。
「カリーナさん、笑ってるですか?」
「そうね。なんかさ、こういう光景って平和だな-って思って」
「……そうですね」
ライカも二人を微笑ましく見守る。
結局二人の口論は終わりそうになかったので、カリーナが拳をもって終了させた。
「はい、二人ともお終い」
「はい」
「カリーナ、もう少し手段を選べよ」
頭にたんこぶを作りながら、ドミニクは文句を言う。
だがカリーナに一睨みされて、すぐに黙った。
「それでドミニク。今日は何するの?」
「あぁ、今日は皆でギルドに行くぞ」
「みんなでですか?」
「ダンジョン関係の仕事探しだ」
「この前出たっていう、北のダンジョンですか?」
肯定するドミニク。
やはり出現してすぐのダンジョンには儲け話があるのだろう。
「まぁ序盤は人も多いだろうけどな。深層の方は狙いどころだろう」
「それに俺の修業にもなる。なんて」
「よく分かったなノート」
「もうパターン見えましたよ」
がっくりと肩を落とすノート。
きっとダンジョンで無茶ぶりされるのだろうと、今から気分が落ち込んでいた。
◆
朝食を終えて数十分。
ノート達は揃ってギルド本部へと足を運んでいた。
「流石に人が多いのです」
「ダンジョンの出始めなんて、どこもそんなもんだ」
人が箱詰め状態のギルド本部に、ライカが驚く。
だがこれも冒険者にとっては季節の一ページだ。
「ヒャーハー! リーダーァ、さっさとクエスト探そうぜェ!」
「急かすなマルク。掲示板に人が多いんだよ」
ダンジョン情報と仕事を求めた冒険者が、大きな掲示板の前に集まっている。
ノートとライカも掲示板を見ようとするが、人が多くて見えない。
二人揃ってピョンピョンと跳ねるが、体格の大きな冒険者達が視界を遮る。
「見えないのです」
「いっそ下から潜り込むか?」
そんな事をすれば踏まれて終わるだろう。
どうしたものかとノートが考えていると、ギルド本部内が妙に騒がしくなってきた。
掲示板の前に集まっていた冒険者達も、騒ぎの方へ視線が移る。
「なんでしょうか?」
ライカとノートも、騒ぎの方へ歩み寄る。
そこには大声で何かを訴える若い冒険者が一人、冒険者達に囲まれていた。
「頼む! 仲間が中に取り残されているんだ! 助けてくれ!」
叫んでいる言葉からして、ダンジョンで何かがあったのだろう。
「ドラゴンだ! ダンジョンの中に、変異ドラゴンがいた!」
変異ドラゴンと聞いた冒険者達が、一斉にざわつき始める。
ノートも気になったので、人混みの隙間から覗き込む。
そこにいたのは、彼のよく知る冒険者であった。
「あれは……レオ!?」
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