第二十二話:愚か者の末路

 レオという少年は、恵まれた人間であると言えるだろう。

 両親は金持ちの商人なので、旅立ちの際には多額の援助も受ける事ができた。

 レオ自身最初は本気で武者修行のつもりでもあった。

 だがある日開花した自身の才能が、レオの中に眠っていた強欲を肥大化させた。


 力は冒険者のステータス。

 この力を持ってすれば、なんだって手に入る。

 力は正義。

 剣と魔法の才能が、全てを持ってきてくれる。

 金と名誉、そして女。


 レオは全てを手に入れたと思い込んだ。

 そして自分を選ばれた者だと思い込んだ。


 自分こそが主人公なのだ。

 異世界転生者であり、強者でもある自分こそが、この世界の主人公なのだ。

 ならば、自身を取り巻く人間は己に選ぶ権利がある。

 何故なら自分は主人公だから。


 だからレオは、躊躇いなくノートを切り捨てた。

 自分の物語に弱者は必要ない。

 主人公である自分を華やかに魅せる者だけが残ればいい。

 だから女だけを残した。

 これで物語が華やかになる。


 自分だから許される。強者だから許される。

 絶対強者の主人公、これがレオの物語なのだ。


 だからレオは……自分を鍛えなかった。





 ノート達と一悶着あった翌日。

 レオはパーティーメンバーを連れて、北のダンジョンに来ていた。

 見つかって間もないダンジョンだ、希少な素材など山のように残っている。

 なによりボスモンスターを倒せば、パーティーのランクアップは約束されたようなもの。

 レオ達は最深部を目指してダンジョンを進んでいた。


「火炎剣!」


 迫り来るダンジョンモンスターを、レオが焼き斬る。

 彼は少し苛立った感じで、ダンジョンモンスターを倒していった。


「あれ~、レオなんか機嫌悪くない?」

「昨日のストレスが響いているのですか?」


 格闘家の少女メイと、僧侶兼ヒーラーの少女シーラがレオを心配する。


「少しだけな。なぁに、あんな無能者いちいち相手にしてたらキリが無い」


 仲間の前では強がるレオ。

 だが内心は、醜い苛立ちに支配されていた。


「それにしても流石にBランクダンジョンは手強いわね。出てくるモンスターも厄介だわ」

「なぁに大丈夫さリタ。俺達ならボス攻略だってできる」


 自信満々にそう言うレオ。彼の中に、自分が失敗するビジョンは存在しなかった。

 それは他の三人も同じ。

 足を引っ張る存在がいなくなった事で、自分達が負ける要因は無くなった。

 もはやパーティーがBランクに昇格するのも時間の問題だろう。

 誰もがその事に疑いを持っていなかった。


 そして一行はダンジョンを進む。

 出てくるモンスターは容赦なく倒し、希少な鉱石を見つければ遠慮なく乱獲した。

 それはまるでボーナスステージ。

 宝と名誉が自動的に湧いてくる楽園であった。


 小一時間後、レオ達はダンジョンの深層にまで到達していた。


「あれー、思ったより浅いダンジョンなんだね」

「そうですね。先行した冒険者の話でも、十五層程度しかなかったそうです」

「それでボスも倒さずに出て来たのー!? もったいないなー」


 シーラの話を聞いて、メイはボス攻略にまで行かなかった冒険者を小馬鹿にする。

 層の浅いダンジョンに棲むボスだ、大したことはないだろう。

 この場にいる全員が同じ事を考えていた。


「あら、モンスターの気配が無くなってきたわね」


 リタの探知魔法からモンスターの反応が消える。

 ボスモンスターが近い証拠だ。

 全員いつでも戦闘に入れるように準備をし、先に進む。

 不気味なほど静かな道中が終わり、一行は大きく広がった場所に到達した。


「周りの石は……オリハルコンね」

「ここが最深部でしょうか?」


 リタは周囲に生えている魔法鉱石に興味を示し、シーラは周囲を軽く見回す。

 レオとメイも似たようなものであった。

 ここで採れた獲物がどれだけの値になるかばかり考えていた。


 故に、自分達に近づく巨大なモンスターの気配に、一瞬気付かなかった。


「ッ! きたわよ!」


 リタが最初に気付き、仲間に伝える。

 そして、最深部に棲むボスモンスターが姿を現した。


「えっ、ちょ、マジで!?」

「何故このような場所にドラゴンが」


 それは、巨大な翼と長い尾、そして凶暴な牙を携えるドラゴンであった。

 それもただのドラゴンではない。

 全身がゴツゴツとした岩で覆われた、変異種ドラゴンであった。


「レオ、少し不味いかもしれないわ」

「相手が変異種ドラゴンだからか? 大丈夫だろ。俺達ならやれる」


 そうだ、今までもそうして成功してきたのだ。

 レオは一寸の迷いもなく、変異ドラゴンに剣を向ける。


「こいつを倒して、Bランクパーティーに昇格だ!」

「そうね」

「頑張るよー!」

「はい」


 全員が輝かしい未来に向けて意気込んだ、次の瞬間。


「ギャオォォォォォォン!」


 変異ドラゴンの咆哮がダンジョン内に響き渡る。

 その口には、強大な魔力が集まり始めていた。


「させないわよ。ファイア・ボール!」


 Bランク相当の火炎魔法を、リタが放つ。

 ここに至る道中にも、モンスターを焼き殺してきた魔法だ。

 しかし……その魔法が変異ドラゴンに効く事はなかった。

 ポスン、と情けない音だけを立てて、火の玉が打ち消される。


「うそ、なんで!?」

「おいリタ! もっと本気で撃て!」

「わかってるわよ! ファイア・ボール!」


 最大出力で火炎魔法をを撃つリタ。

 しかしそれでさえも、変異ドラゴンの岩肌が打ち消してしまった。

 己の全てを否定され、愕然とするリタ。

 それと時同じくして、変異ドラゴンの口に魔力が集まりきった。


「ギャオォォォ!!!」


 魔力は巨大な岩の砲弾となり、解き放たれる。

 猛スピードでせ迫るそれを、誰も視認する事ができなかった。


 だからこそ、誰もそれを止める事ができなかったのだ。


 ゴシャ!


「えっ……?」


 レオは聞きなれない音を耳にして、初めてそれに気がついた。

 隣で魔法を撃っていた筈のリタから、顎から上が消し飛んでいたのだ。

 変異ドラゴンの攻撃で吹き飛ばされたと認識するまでに、二秒ほどを要する。

 そして現実を認識した瞬間、レオは凄まじい恐怖を感じた。


「う、うわァァァァァァァァァ!?」


 舞い散る血を浴びながら、レオが悲鳴を上げる。

 それとは別に、仲間を殺された恨みに駆られたメイは、変異ドラゴンに攻撃を仕掛けた。


「よくもリタをォ!」


 魔力を込めtた拳で、メイは変異ドラゴンに殴り掛かる。

 並大抵のモンスターなら容易く爆散する攻撃。

 だがそれを受けても、変異ドラゴンの身体には傷一つつかなかった。


「ギャァァァオォォォ」


 自分の周りを飛ぶ羽虫を追い払うかのごとく、変異ドラゴンは大きく足を踏み込んだ。

 すると、地面に埋まっていた岩が次々に隆起していき、メイに襲い掛かった。


「よっ! ほっ! このくらい!」


 軽々と避けていくメイ。

 だがこの程度では攻撃は終わらない。

 変異ドラゴンは再び足を踏み込み、回り込むようにして岩を隆起させた。


「えっ、これじゃ避けれ――」


 避けれない、そう言い終わるよりも早く、隆起した岩がメイの下半身を潰した。


「――ッッッ!!!」


 声にならない悲鳴を上げるメイ。

 岩のすき間からは、無残な血が流れ落ちていた。

 錯乱しながらも、必死に脱出しようと試みるメイ。

 だが既に逃げる為の足は、その身体から切り離されている。

 それを確認した変異ドラゴンは、悠々と口に魔力を溜め始めた。


「や……やだ」


 顔を青ざめさせるメイ。

 だが変異ドラゴンは容赦しなかった。


「ギャォォォ!!!」


 放たれる岩の砲弾。

 メイは必死に逃げようとするが、全て無駄であった。


 グシャ!


 肉が潰れる無情な音が鳴り響く。

 岩に潰された際の衝撃で吹き飛んだ腕が、レオとシーラのすぐ近くに転がり落ちる。

 それが完全に引き金と化した。

 レオとシーラの恐怖は最高潮に達した。


「無理だ、こんな、勝てるわけがない」


 我先にとレオが出口に向かって駆け出そうとする。

 腰が抜けて動けなくなっていたシーラは、その足にしがみついた。


「レオ、待ってください! 置いてかないで!」

「うるさい! 自分で走れ!」


 ガムシャラに足を動かして、シーラを離すレオ。

 彼はそのまま出口へと逃げて行ってしまった。


「待ってください、レオ! レオー!」


 後方からシーラの悲痛な叫びが聞こえてきたが、レオには届いていなかった。

 ただ逃げる事に精一杯だったのだ。


 逃げ遅れ、放置されたシーラは絶望の表情を浮かべる。

 そんな彼女を仕留めようと、変異ドラゴンが近づいてきた。


「あ……あぁ……」


 シーラの息の根があると確認するや、変異ドラゴンはその足を大きく踏みしめた。

 後はただ、隆起してくる岩に襲われるばかり。

 シーラの凄惨な叫び声が、ダンジョン最深部の大広間に響き渡った。




 逃げる、逃げる、逃げる。

 歯を鳴らし、涙を零しながらレオは逃げる。

 自分がした事など、未だ理解できていない。


「なんで。なんでッ!」


 同じ言葉を繰り返す。

 なぜ自分がこんな目に遭っているのだ。

 なぜ主人公である自分が負けているのだ。

 レオには一つも理解できなかった。


 それは何故か。簡単な話だ。

 これは、己の器を見計れなかった、愚か者の物語だからだ。


 レオがシーラを置いて逃げてしまったと自覚したのは、ダンジョンを出てからの事であった。

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