第二十二話:愚か者の末路
レオという少年は、恵まれた人間であると言えるだろう。
両親は金持ちの商人なので、旅立ちの際には多額の援助も受ける事ができた。
レオ自身最初は本気で武者修行のつもりでもあった。
だがある日開花した自身の才能が、レオの中に眠っていた強欲を肥大化させた。
力は冒険者のステータス。
この力を持ってすれば、なんだって手に入る。
力は正義。
剣と魔法の才能が、全てを持ってきてくれる。
金と名誉、そして女。
レオは全てを手に入れたと思い込んだ。
そして自分を選ばれた者だと思い込んだ。
自分こそが主人公なのだ。
異世界転生者であり、強者でもある自分こそが、この世界の主人公なのだ。
ならば、自身を取り巻く人間は己に選ぶ権利がある。
何故なら自分は主人公だから。
だからレオは、躊躇いなくノートを切り捨てた。
自分の物語に弱者は必要ない。
主人公である自分を華やかに魅せる者だけが残ればいい。
だから女だけを残した。
これで物語が華やかになる。
自分だから許される。強者だから許される。
絶対強者の主人公、これがレオの物語なのだ。
だからレオは……自分を鍛えなかった。
◆
ノート達と一悶着あった翌日。
レオはパーティーメンバーを連れて、北のダンジョンに来ていた。
見つかって間もないダンジョンだ、希少な素材など山のように残っている。
なによりボスモンスターを倒せば、パーティーのランクアップは約束されたようなもの。
レオ達は最深部を目指してダンジョンを進んでいた。
「火炎剣!」
迫り来るダンジョンモンスターを、レオが焼き斬る。
彼は少し苛立った感じで、ダンジョンモンスターを倒していった。
「あれ~、レオなんか機嫌悪くない?」
「昨日のストレスが響いているのですか?」
格闘家の少女メイと、僧侶兼ヒーラーの少女シーラがレオを心配する。
「少しだけな。なぁに、あんな無能者いちいち相手にしてたらキリが無い」
仲間の前では強がるレオ。
だが内心は、醜い苛立ちに支配されていた。
「それにしても流石にBランクダンジョンは手強いわね。出てくるモンスターも厄介だわ」
「なぁに大丈夫さリタ。俺達ならボス攻略だってできる」
自信満々にそう言うレオ。彼の中に、自分が失敗するビジョンは存在しなかった。
それは他の三人も同じ。
足を引っ張る存在がいなくなった事で、自分達が負ける要因は無くなった。
もはやパーティーがBランクに昇格するのも時間の問題だろう。
誰もがその事に疑いを持っていなかった。
そして一行はダンジョンを進む。
出てくるモンスターは容赦なく倒し、希少な鉱石を見つければ遠慮なく乱獲した。
それはまるでボーナスステージ。
宝と名誉が自動的に湧いてくる楽園であった。
小一時間後、レオ達はダンジョンの深層にまで到達していた。
「あれー、思ったより浅いダンジョンなんだね」
「そうですね。先行した冒険者の話でも、十五層程度しかなかったそうです」
「それでボスも倒さずに出て来たのー!? もったいないなー」
シーラの話を聞いて、メイはボス攻略にまで行かなかった冒険者を小馬鹿にする。
層の浅いダンジョンに棲むボスだ、大したことはないだろう。
この場にいる全員が同じ事を考えていた。
「あら、モンスターの気配が無くなってきたわね」
リタの探知魔法からモンスターの反応が消える。
ボスモンスターが近い証拠だ。
全員いつでも戦闘に入れるように準備をし、先に進む。
不気味なほど静かな道中が終わり、一行は大きく広がった場所に到達した。
「周りの石は……オリハルコンね」
「ここが最深部でしょうか?」
リタは周囲に生えている魔法鉱石に興味を示し、シーラは周囲を軽く見回す。
レオとメイも似たようなものであった。
ここで採れた獲物がどれだけの値になるかばかり考えていた。
故に、自分達に近づく巨大なモンスターの気配に、一瞬気付かなかった。
「ッ! きたわよ!」
リタが最初に気付き、仲間に伝える。
そして、最深部に棲むボスモンスターが姿を現した。
「えっ、ちょ、マジで!?」
「何故このような場所にドラゴンが」
それは、巨大な翼と長い尾、そして凶暴な牙を携えるドラゴンであった。
それもただのドラゴンではない。
全身がゴツゴツとした岩で覆われた、変異種ドラゴンであった。
「レオ、少し不味いかもしれないわ」
「相手が変異種ドラゴンだからか? 大丈夫だろ。俺達ならやれる」
そうだ、今までもそうして成功してきたのだ。
レオは一寸の迷いもなく、変異ドラゴンに剣を向ける。
「こいつを倒して、Bランクパーティーに昇格だ!」
「そうね」
「頑張るよー!」
「はい」
全員が輝かしい未来に向けて意気込んだ、次の瞬間。
「ギャオォォォォォォン!」
変異ドラゴンの咆哮がダンジョン内に響き渡る。
その口には、強大な魔力が集まり始めていた。
「させないわよ。ファイア・ボール!」
Bランク相当の火炎魔法を、リタが放つ。
ここに至る道中にも、モンスターを焼き殺してきた魔法だ。
しかし……その魔法が変異ドラゴンに効く事はなかった。
ポスン、と情けない音だけを立てて、火の玉が打ち消される。
「うそ、なんで!?」
「おいリタ! もっと本気で撃て!」
「わかってるわよ! ファイア・ボール!」
最大出力で火炎魔法をを撃つリタ。
しかしそれでさえも、変異ドラゴンの岩肌が打ち消してしまった。
己の全てを否定され、愕然とするリタ。
それと時同じくして、変異ドラゴンの口に魔力が集まりきった。
「ギャオォォォ!!!」
魔力は巨大な岩の砲弾となり、解き放たれる。
猛スピードでせ迫るそれを、誰も視認する事ができなかった。
だからこそ、誰もそれを止める事ができなかったのだ。
ゴシャ!
「えっ……?」
レオは聞きなれない音を耳にして、初めてそれに気がついた。
隣で魔法を撃っていた筈のリタから、顎から上が消し飛んでいたのだ。
変異ドラゴンの攻撃で吹き飛ばされたと認識するまでに、二秒ほどを要する。
そして現実を認識した瞬間、レオは凄まじい恐怖を感じた。
「う、うわァァァァァァァァァ!?」
舞い散る血を浴びながら、レオが悲鳴を上げる。
それとは別に、仲間を殺された恨みに駆られたメイは、変異ドラゴンに攻撃を仕掛けた。
「よくもリタをォ!」
魔力を込めtた拳で、メイは変異ドラゴンに殴り掛かる。
並大抵のモンスターなら容易く爆散する攻撃。
だがそれを受けても、変異ドラゴンの身体には傷一つつかなかった。
「ギャァァァオォォォ」
自分の周りを飛ぶ羽虫を追い払うかのごとく、変異ドラゴンは大きく足を踏み込んだ。
すると、地面に埋まっていた岩が次々に隆起していき、メイに襲い掛かった。
「よっ! ほっ! このくらい!」
軽々と避けていくメイ。
だがこの程度では攻撃は終わらない。
変異ドラゴンは再び足を踏み込み、回り込むようにして岩を隆起させた。
「えっ、これじゃ避けれ――」
避けれない、そう言い終わるよりも早く、隆起した岩がメイの下半身を潰した。
「――ッッッ!!!」
声にならない悲鳴を上げるメイ。
岩のすき間からは、無残な血が流れ落ちていた。
錯乱しながらも、必死に脱出しようと試みるメイ。
だが既に逃げる為の足は、その身体から切り離されている。
それを確認した変異ドラゴンは、悠々と口に魔力を溜め始めた。
「や……やだ」
顔を青ざめさせるメイ。
だが変異ドラゴンは容赦しなかった。
「ギャォォォ!!!」
放たれる岩の砲弾。
メイは必死に逃げようとするが、全て無駄であった。
グシャ!
肉が潰れる無情な音が鳴り響く。
岩に潰された際の衝撃で吹き飛んだ腕が、レオとシーラのすぐ近くに転がり落ちる。
それが完全に引き金と化した。
レオとシーラの恐怖は最高潮に達した。
「無理だ、こんな、勝てるわけがない」
我先にとレオが出口に向かって駆け出そうとする。
腰が抜けて動けなくなっていたシーラは、その足にしがみついた。
「レオ、待ってください! 置いてかないで!」
「うるさい! 自分で走れ!」
ガムシャラに足を動かして、シーラを離すレオ。
彼はそのまま出口へと逃げて行ってしまった。
「待ってください、レオ! レオー!」
後方からシーラの悲痛な叫びが聞こえてきたが、レオには届いていなかった。
ただ逃げる事に精一杯だったのだ。
逃げ遅れ、放置されたシーラは絶望の表情を浮かべる。
そんな彼女を仕留めようと、変異ドラゴンが近づいてきた。
「あ……あぁ……」
シーラの息の根があると確認するや、変異ドラゴンはその足を大きく踏みしめた。
後はただ、隆起してくる岩に襲われるばかり。
シーラの凄惨な叫び声が、ダンジョン最深部の大広間に響き渡った。
逃げる、逃げる、逃げる。
歯を鳴らし、涙を零しながらレオは逃げる。
自分がした事など、未だ理解できていない。
「なんで。なんでッ!」
同じ言葉を繰り返す。
なぜ自分がこんな目に遭っているのだ。
なぜ主人公である自分が負けているのだ。
レオには一つも理解できなかった。
それは何故か。簡単な話だ。
これは、己の器を見計れなかった、愚か者の物語だからだ。
レオがシーラを置いて逃げてしまったと自覚したのは、ダンジョンを出てからの事であった。
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