第二十一話:無能者じゃない

 『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』に入ってしばらく経過したノート。

 日々のパーティーメンバーとの交流もあって、流石に気持ちも馴染んできた。

 ドミニクとの修行もまだまだ続いている。

 まだ完全に恐怖は拭えていないが、ノートは以前より前向きになれていた。


 とはいえ、毎日修行では身が持たない。

 今日は休養も兼ねた軽い仕事である。


「ノート君、ありがとうございますです」

「いいよこのくらいの荷物持ち。楽ちん楽ちん」


 アインスシティの中を歩くノートとライカ。

 今日は二人で諸々の買い出しである。

 とは言っても、ノート荷物持ちであるが。


「日用品はこれで全部ですね。あとは食料品です」

「臭み消しになる香味野菜を買わなきゃな」

「デビルボアのお肉、まだ残ってますもんね〜」

「流石にそろそろ飽きてきた」

「そうですねぇ」


 ここ最近の食卓はデビルボアの肉によるフルコースである。

 ノートが色々工夫しているとはいえ、何日も続いては流石に飽きるというものだ。


「味噌が作れたらもっとバリエーション増えるんだけどなぁ」

「みそ?」

「あぁ、気にしないで」


 残念ながら味噌の無い世界なのだ。

 元日本人として、それだけは嘆かずにいられないノートであった。


「ん? あれなんだ?」


 買い物の途中、二人は妙な人だかり遭遇した。

 人々が集まっているのは街の冒険者ギルドである。


「誰か大物でも狩ってきたのか?」

「多分ダンジョンですよ」

「ダンジョン?」

「はい。昨日北の方で新しいダンジョンが出現したそうです。カリーナさんが新聞読んで大騒ぎしてました」

「そういえばそうだった」


 この世界のダンジョンは前兆など無く、ある日突然出現する。

 ダンジョンの中には希少なモンスターや鉱石などが山のようにあるので、冒険者達からすれば宝の山だ。

 とはいえ最深部のボスモンスターを倒せば消えてしまう事もあって、早いもの勝ちでもある。


「(何度聞いても、ダンジョンが生えてくる世界観には慣れないな)」


 ギルドに集まっているのは、我先とダンジョンに挑もうとしている冒険者達だろう。

 ここで攻略でもすれば、名も上がるというものだ。


「まぁ、今の私達にはあまり関係のない話ですね」

「だな……でもドミニクさんなら、修行だとかいってダンジョンに放り投げてきそう」

「……否定はできませんね」


 元々破天荒な気があるドミニクだ。

 本拠地に戻っ瞬間「ダンジョンに行ってこい」なんて言ってきても不思議ではない。

 その光景を容易に想像できた二人は、何とも言えない表情になった。


「でもカリーナさんは行くかも知れませんね。稼ぎ時だーって言って」

「あぁ……なんかわかるかも」


 まだ付き合いの短いノートだが、カリーナが金勘定に厳しい性格なのは何となく察していた。


「にしてもスゴい人の数。道ほとんど塞がってるじゃん」

「そうですね。回り道します?」


 その方が賢明だろう。

 ノートはライカに案内されながら、回り道に向かおうとする。

 その時であった、人混みの奥から見覚えのある人影が出てきた。


「(あれは……)」


 間違える筈がない。

 正直当分は顔を合わせたく無かった人物。

 ノートを追放した前パーティーリーダー、レオがいた。


「ノート君、どうしたですか?」

「なんでもない。早く行こう」


 顔を隠すようにフード被ろうとするノート。

 アイツに見つかると面倒だ。

 だが当のレオは簡単にノートを見つけてしまったようだ。

 ニヤついた表情で、こちらに近づいてくる。


「よぉノート。お前生きてたんだな」

「ノート君、知り合いですか?」

「……一応」


 見つかっては仕方がないと、ノートはフードを被る事をやめる。


「なんだお前、何処かに拾って貰ったのか? 俺はてっきりもう野垂れ死んでるかと思ったぞ」

「色々縁があったんだ」

「縁ねぇ。次の寄生先の間違いじゃないのか?」


 ノートは思わず歯を食いしばる。

 だが否定できなかった。

 ノートの中には、未だ自分が無能者だというレッテルが張り付いているのだ。


 するとレオの後ろから、一人の少女が姿を現した。


「ちょっとレオ、一人で行かないで……うわ、噓でしょ。コイツまだ生きてたの」


 レオのパーティーメンバー。魔法使いのリタであった。

 ノートが追放される時に、罵声を浴びせてきた一人である。


「そうらしいねリタ。生き意地が汚いと言うべきか」

「まさかまた顔を見ることになるとはね。最悪よ」


 道に落ちている犬の糞でも見る様な目で、リタはノートを睨みつける。

 一方のレオは、興味深そうにライカを見ていた。


「ねぇ君。もしかしてコイツの同僚かなにか?」

「……はい、同じパーティーを組んでます」

「パーティー!? それは止めておいた方がいいよ。コイツ黙ってるかもしれないけどさ、魔法も剣もてんでダメ、魔道具すらろくに使えない無能者なんだぞ」

「そういうことよ。悪いことは言わないから離れておきなさい」


 さも親切心からの言葉であるかのように、レオとリタは話す。

 だがその本心は、ただ単純にノートを傷つたいだけであった。

 それを察したノートは、酷く気持ちの悪いものを感じる。

 しかしそれ以上に、ライカに絡んでくる事が我慢ならなかった。


「無能者がいても迷惑なだけだ。さっさと切り捨てた方が身のため」

「嫌です」

「……なんだって?」

「ノート君は、私達の大切な仲間です」


 ノートが行動するよりも早く、ライカが言い返した。

 予想外の事態に、ノートは驚く。

 それはレオとリタも同じだった。


「剣と魔法が仕えなくても戦える。ノート君は立派な冒険者なのです」

「戦える? あの雑魚スキルの事を言ってるのかしら?」

「雑魚なんかじゃないです。ノート君の立派な武器なのです」

「攻撃を弾くくらいなら誰でもできるわ」

「そうだとしても、ノート君を否定する理由にはならないです。ノート君は自分ハンデを理解して、その上で頑張ってるです!」

「無能がいくら頑張っても無駄なのよ。無能者はそれらしく、卑しく乞食でもしていればいいのよ」

「……違います」


 リタの言葉を聞いて、小さく震えるライカ。

 そして、爆発した。


「ノート君は、無能なんかじゃないです!」

「は? 何言ってるの?」

「ノート君は、ずっと変わろうと頑張ってるのです! 弱い自分をなんとかしようと必死に頑張ってるのです!」

「それが無駄だって言ってるのよ。才能も何も無いのに馬鹿みたい」

「馬鹿なのは貴方達の方です!」


 その叫びに、目つきが変わるリタとレオ。

 それに怯まず、ライカは言葉を続けた。


「貴方達、ノート君の前のパーティーの人達ですよね?」

「忌々しいけど、そうね」

「必死頑張ってる仲間を馬鹿にして、無能者だって決めつけて、可能性も探そうとしなかった。そして最後には簡単に追放して……貴方達にとって、仲間ってなんなんですか?」

「決まってる。強さを共有できる関係だ」

「……やっぱり貴方達は馬鹿です」

「なんだと?」


 レオの顔つきが険しくなる。


「仲間って強いかどうかじゃないのです。辛いことも、悲しいことも、全部一緒に乗り越えようとするのが仲間なのです。私には貴方の言葉はすごく歪んで聞こえるです」


 哀れみすら抱くように、ライカは淡々と語る。


「私達はノート君を切り捨てようとは思いません。たとえ戦えなくても、ノート君は私達のパーティーに必要な人なのです」

「無能者わざわざ雇うなんて、酔狂なパーティーもあったもんだ」

「ノート君は無能者じゃないです。貴方達が気付けなかっただけで、すごい力を持ってるのです」

「そんなのノートが吹いたホラだろ」

「別に信じてもらわなくていいのです。ただ私が言いたいことは――」


 ライカはキッとレオを睨みつける。


「ノート君を馬鹿にしたこと、謝ってくださいです」


 仲間を馬鹿にされる。それはライカにとって、耐え難い苦痛でもあった。

 静かな怒りが、隣に立つノートにも伝わってくる。

 だが一方で、レオの額には青筋が浮かんでいた。


「馬鹿にしただと……馬鹿にしているのはどっちなんだよ……」

「貴方ですよね」

「ふざけるなよ……このアマァ!」

「ライカ!」


 拳を振り上げて、ライカを殴ろうとするレオ。

 ノートは咄嗟に割り込み、スキル発動した。


 パァン!


 拳はライカに届く事なく、レオは身体ごと大きく弾き返されてしまった。


「ノート、テメー!」

「レオ! ライカには手を出すな」

「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって」


 レオは腰に携えていた剣に手をかける。

 このままでは街中で戦闘になってしまう。

 ノートがライカを庇うように手を構えようとすると、後方から覚えのある声が聞こえてきた。



「おーい。ノートとライカじゃないか。なにやってんだ?」


 飄々とした様子で現れたのは、酒瓶を片手に持ったドミニクであった。


「ドミニクさん」

「おっ、なんだなんだ喧嘩か?」

「えっと、これはその」


 軽いノリでノートに絡んでくるドミニク。

 街中で喧嘩をしそうになっているとは、ノートは口が裂けても言えなかった。

 一方、水を差されたレオはドミニクを睨みつける。


「なんだよお前、怪我したく無かったら失せろ」

「おぉ怖い怖い。血気盛んな若者だなぁ、おじさん眩しくてやられちゃいそうだ」

「ふざけてるのか?」

「まさか。ウチのパーティーメンバーが絡まれてるみたいだからな、様子を見にきただけだよ」


 ノートライカを引き寄せて、ドミニクはレオ達に視線を向ける。


「それよりいいのか? こんな街中で剣なんか抜いたら、ギルドが黙っちゃいないぞ」

「っ!」

「ウチのパーティーメンバーに絡むのはいいが、それなりの覚悟はしてきてるんだろうな?」

「……行くぞ、リタ」


 ギャラリーもできて分が悪いと判断したのか、レオは剣を収める。

 そしてリタの手を引き、その場を後にした。


 残されたノートは未だ心音が大きくなっていた。

 ひとまず落とした荷物を拾い上げる。


「ドミニクさん、ありがとうございますです」

「いいんだよ。ああいう輩は軽くあしらうに限る」

「すみません、俺のせいで」

「気にすんな。これから見返してやればいいんだよ」


 ワシワシとノートの頭を撫でながら、ドミニクは語る。


「それよりライカ、よく言い返せたな」

「あぅ。少し怖かったので」

「恐怖を乗り越えて仲間を守ったんだ、胸を張れ。ノートよくやった」

「俺ですか?」

「そうだ。よくライカを守ってくれたな」

「……無我夢中だっただけですよ」

「それでもだ。さっきのお前、守るために力を使えたじゃないか。少しは恐怖を克服できたらしいな」

「だといいんですけどね……てかドミニクさんどこから見てたんですか!?」

「ノートがフード被って逃げようとしたところから」


 ほぼ最初からである。

 それなら早く助けて欲しかったと、ノートは心の中で零した。


「ノート、お前まだ自分が無能者だと思ってるか?」

「……はい」

「なら改めて俺が言ってやろう。お前は無能なんかじゃない」


 堂々と断言するドミニク。

 以前とは異なり、その言葉はノートの心に響いていた。


「間違いなくお前成長しているんだ。汚名なんかすぐに返上してやりゃあいい」

「俺に、できるのかな」

「安心しろ。お前にその気がなくても、俺が立派に育ててやる」


 ドミニクはノートの肩に手を乗せる。


「お前はもうウチの仲間なんだ。胸を張れ」

「……はい」


 そうだ、今の自分はSランクパーティーの一員なのだ。

 実力はまだまだだが、その肩書きに恥じない人間になりたい。

 ノートは無意識的にそう考えていた。


「ところで、ドミニクさんは何をしていたですか?」

「俺か? 俺は休日の昼酒」

「またカリーナさんに怒られますよー」

「……二人とも、このことはカリーナに黙っててくれないか?」


 一転して弱々しく頼み込んでくるドミニク。

 恐らく酒臭く帰ってくるので、すぐにカリーナにバレそうだが、二人はその場しのぎ的に頷いた。


「じゃあ俺は酒場のハシゴを続けるわ〜。お前らもちゃんと仕事しろよ〜」

「はいです!」

「お酒はほどほどにしてくださいねー!」

「わーってるよ」


 人混みを超えて、姿を消すドミニク。

 ノート達はその背中を見届けた。


「さぁノート君。私達もお使いを続けましょう」

「……なぁライカ」

「なんですか?」

「俺、このパーティー入って良かったかも」


 それは、心の底から出た本音だった。

 こんな自分を受け入れて、仲間として認めてくれる。

 そんな彼らが、気づけばノート中でかけがえのない存在になっていた。


 ノートの言葉を聞いたライカは、満面の笑み浮かべた。


「えへへ、良かったのです」

「ありがとうなライカ。誘ってくれて」

「はいです!」


 そして二人は街の中へと進んでいく。

 先程までの傷はどこへやら、ノートの心はまっすぐとしたものであった。

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