第二十五話:ダンジョン突入!

 必要なものを揃えて、ノート達三人は北のダンジョンへと急行した。

 ダンジョンの入り口には、これから挑もうとしている冒険者がちらほらといる。

 ノートはいざダンジョンを前にして、少し緊張していた。


「ノート君、ダンジョンは初めて?」

「い、いえ。二回目です」

「じゃあまだまだ初心者ね。安心しなさい、お姉さんが難易度下げてあげるから」

「本当にありがとうございます」


 カリーナの言葉を聞いて、緊張がいくらか解れたノート。

 一見すると狭い洞窟の入り口にも見える、ダンジョンの入り口。

 ノート達は急ぎ足でそこに入って行った。


「うわっ!?」


 入り口に入った瞬間、凄まじい揺れを感じる。

 空間が捩れ、何処かへと転送されていく。

 それが数秒続くと、周囲の光景が一変。

 狭い入り口からは想像もつかない程、広々とした空間に放り出された。


「げふッ」


 情けない声を出して転けるノート。

 ダンジョンは魔法鉱石によって空間が捩れている事をすっかり忘れていたのだ。


「ノート君、大丈夫ですか」

「大丈夫。ダンジョンの入り方をすっかり忘れてただけだから」

「早く慣れなさいね。これからはパーティーで色んなダンジョンに行くんだから」

「はい」


 鼻を摩りながら立ち上がるノート。

 視界に広がるダンジョンは薄暗く、先が見えない洞窟にようであった。

 先に入った冒険者も数人見える。

 彼らは慎重に周りを確認しながら、ゆっくりとダンジョンの中を歩いていた。


「やっぱり皆慎重なんだな」

「そうですね。ダンジョンの中にはトラップが沢山ありますから」

「でも急いで最深部に行かないといけない……どうしよう」


 トラップを無視して突き進むわけにもいかない。

 かといって、慎重過ぎても手遅れになる。

 ノートとライカは頭を捻った。

 だがカリーナは違った。


「何してるの二人共、急ぐわよ」

「カリーナさん! トラップのこと考えないと!」

「大丈夫よ。アタシを誰だと思ってるの」


 一人悠々と進んでいくカリーナを止めようとするノート。

 だがカリーナはそれを無視して、杖を取り出した。


「広域型。ディテクト」


 薄い霧のような魔力が周囲に散布される。

 散布された魔力がダンジョンの中を解析し、カリーナに情報として伝えた。


「……オーケー、大体わかったわ」

「わかったって、何が?」

「当然トラップの位置よ。ほら、さっさと行くわよ。ついてきなさい」

「あっ、カリーナさん待ってくださいです!」


 先々行ってしまうカリーナライカが慌てて追いかける。

 ノートも一瞬遅れて二人の後を追った。


 驚く程安全にダンジョンの中を進む三人。

 要所要所でカリーナが魔法を使い、トラップの位置を調べてくれるおかげである。


「ねぇライカ。カリーナさんって本当にスゴいんだね」

「はい。カリーナさんはスゴいのです」

「褒めても何も出ないわよ」


 トラップを避けてダンジョンを進んでいく。

 カリーナの魔法が的確に位置を見つけてくれる。

 これならすぐに最深部に行けそうだ。

 ノートがそう思った瞬間、カリーナが突然足を止めた。


「カリーナさん?」

「どうしたですか?」

「……面倒なトラップね」


 目の前に広がっているのは、何の変哲もない道。

 だがカリーナが立ち止まったという事は、何らかのトラップが仕掛けられているという事だ。


「カリーナさん、どこにトラップがあるんですか」

「道全部」

「……へ?」

「この道全部トラップよ」


 想像以上に厄介なトラップを前に、ノートは唖然とする。

 そしてライカは声を上げて驚いた。


「えぇぇぇ! それじゃあ通れないじゃないですか」

「攻略法自体はあるわ。道を踏まなければいいのよ」

「あっ。風の魔法で浮いて移動するとか」

「ノート君正解。ただ厄介なのは天井にもトラップが仕掛けられているみたいなの」

「(まるでイライラ棒だな)」

「というわけなので、選ぶべき選択肢はこれね」


 そう言うとカリーナは、前方に杖を向けた。


「ライカー、バリア貼ってくれる。出力最大で」

「すごく嫌な予感がしますけど、はいです!」


 少し顔をしかめながらも、ライカは『純白たる正義』を出現させる。

 ライカの魔人体がレイピアを振るうと、分厚いバリアが広範囲に展開された。

 ノートはその構図を見て、デスマウンテンに行った時の事を思い出した。


「(あっ、このパターン見たことある)」

「ぶっ飛ばすわよ。エクスプロージョン!」


 バリアの向こう側に用意されて小さな火種が、急激に膨らむ。

 そして、凄まじい爆音を鳴らしながら、大爆発を起こした。


 爆炎が視界を遮って数秒。

 炎が消え、目の前には大きく抉られてしまった道が姿を現した。


「……カリーナさん、道が抉れたんですけど」

「トラップごと抉り飛ばした方が楽だったのよ。浮遊魔法って結構疲れるのよね〜」

「えぇ……」


 ノートは反応に困った。


 抉れた道をこけないように気をつけながら進む。

 深層部に近づくにつれて、トラップの数も多くなってきた。

 それをカリーナは魔法で発見する度に……


「エクスプロージョン!」


 正規ルートでは攻略せず、爆破していった。

 おかげで三人が通った後の道は穴ぼこだらけである。


「なんだか、これはこれで他の冒険者さんのご迷惑な気が……」

「というかちゃんと攻略して貰えないダンジョンが可哀想に思えてきた」

「しかたないでしょー、急ぎなんだから」


 進み進んで、気がつけばもう第七層。

 ここから急にトラップが無くなった。

 ノートは少し不気味に思う。


「なんか……急にトラップが無くなった気が」

「そうですねぇ。でもこの後の展開は想像できるのです」

「ノート君も覚えておきなさい。トラップが無くなった後は、モンスターの妨害が来るわよ」

「あぁ、そういう」


 ダンジョンの定石を理解して、ノートは小さな溜息をついた。

 不気味な程静かな道を進みながらも、カリーナは索敵魔法を散布し続ける。

 すると、索敵魔法がモンスターの存在を感知した。


「二人共、モンスターが来たわよ」


 カリーナの合図でノートはスキルを構え、ライカは『純白たる正義ホワイト・ジャスティス』を発動する。

 カリーナの魔法と壁のヒカリゴケで照らし出された影が視認できる。

 影だけでも複数体のモンスターが蠢いている。


「数は十五体。ライカは戦闘に立って防御。ノート君はアタシと一緒にその後ろで援護するわよ」

「えっ、俺も防御役になりますよ!」

「大丈夫なのです。ノート君はちゃんと私が守るのです!」


 堂々と胸を張るライカだが、ノートは内心少し心配であった。

 そして、影の向こうからモンスターの群れが姿を現す。


 それは手足を持たない虫型生物。

 ブヨブヨとした肉だけに覆われた、緑色の醜い身体。

 二メートルほどの大きさを持つ、巨大芋虫の群れであった。


「うげっ、キャタピラーだ」

「ライカ、遠慮なく」


 遠慮なくやりなさい。カリーナがそう言い切るよりも早く、ライカは行動していた。


「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 耳をつんざく悲鳴がダンジョンに響き渡る。


「『純白たる正義』!」


 そして出される命令。

 ライカの魔人体はレイピアを素早く振るい、迫り来るキャタピラーの群れを次々に細切れにしていった。


――斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!――


 凄まじい勢いでミンチ肉と化すキャタピラー達。

 ノートはその光景にただ圧倒されていた。


 そしてものの一分足らずで、十五体いたキャタピラーは残らず殲滅されてしまった。


「ライカ……攻撃手段はないって」

「……です」

「へ?」

「虫は! 悪なのですッ!」

「は、はい」


 涙目で叫ぶライカに、ノートはそう答えるしか出来なかった。

 そして以前ドミニクから聞いた話を思い出す。

 ライカのアルカナ『純白たる正義』は、能力者であるライカが悪だと認めた相手だけを斬る事ができると。

 つまりそういう事なのだろう。


「カリーナさん。まさかキャタピラーだって知っててライカを」

「だってその方が早いんだもん」

「カリーナさん! 虫なら先に言ってくださいです!」


 ライカは頬を膨らませて、可愛らしくカリーナをポカポカ殴る。

 完全にいつもの調子に戻っているのだが、ノートはそんな彼女を見て「絶対に怒らせないようにしよう」と硬く誓うのだった。


 その後なんとか二人がかりでライカを宥めて、先に進む。

 トラップが無くなったが、カリーナの言う通りモンスターが次々に襲い掛かってきた。


「変異スライムだ!」

「なんでも溶かしてくるのです!」

「巨大ゴーレムだ!」

「アタシの魔法で粉々にしてあげる」

「トロールの群れだ!」

「カリーナさん。バリアは張りました」

「オーケー。ギガ・ヴォルケーノ!」

「あっ、またキャタピラー」

「虫は悪なのです! 『純白たる正義』!」


 戦闘は最小限に。

 それでも避けられないモンスターだけ協力して倒していく。

 気がつけば第十五層、三人はダンジョンの最深部に到達していた。


「思ったよりは、早く着いた気がする」

「採取無視してモンスターとも戦わなかったら、Bランクダンジョンの浅いダンジョンなんてそんなものよ」

「そうなんですか」


 それはそれとして、最深部に到達した途端、モンスターの気配すらなくなった。

 カリーナが念入りに索敵魔法を散布するが、何も反応しない。


「二人共、十分に気を付けてね。ボスモンスターが近いかもしれない」

「ボス……変異ドラゴン」


 レオのパーティーを壊滅させた元凶。

 いくらカリーナがついているとはいえ、ノートはそれと戦闘する気はなかった。


 暗く静かな道を黙々と進む。

 最深部の果てだろうか、三人は広々とした空間に辿り着いた。

 光り輝く魔法鉱石、オリハルコンのおかげで空間内は比較的明るい。

 だがそのおかげで、ボコボコに変形した地面も露わになっていた。


「なにこれ。ドラゴンが大暴れでもしたの? それにしては妙に地面が隆起しているというか……」

「変異ドラゴンは岩を操るって言ってたです。それのせいじゃないですか?」

「そうね……とりあえずここが目的の場所だから、早いとこ要救助者を拾うわよ」


 カリーナは手っ取り早く魔法で探す為に杖を構える。

 その時、ふと棒立ちになっているノートが目に入った。


「ノート君、なにしてるの」

「……」

「ノート君?」


 ライカが心配気に声をかけてくる。

 そしてノートの視線の先に落ちていたソレを見てしまった。


「ッ!?」

「……メイ。前のパーティーメンバーの腕だ」


 地面に転がっているのは、千切れた腕。

 そして黒く変色した血と肉の欠片。

 格闘家の少女、メイの遺体であると、ノートはすぐに理解してしまった。


「本当に死んでたんだ」


 知っている顔の死を実感して、ノートは顔を青くする。

 流石に目の前にある凄惨な死体を受け入れられる程、ノートの精神は成熟していなかった。


 微かに震えるノートの手を、ライカが優しく握る。


「ライカ……」

「遺品、持って帰りましょう」


 優しく声をかけてくれた彼女に、小さく頷く。

 落ちている腕から、ノートはグローブを取り外した。


 そんな二人をカリーナは静かに見守る。


「ん? うわぁ……こっちの仏さんも酷いわね」


 カリーナが視線をずらすと、そこには顎から上が消失した魔法使いの死体があった。

 すぐにノートを呼んで確認させる。


「間違いありません……リタです」

「そう」

「ノート君、この人の遺品も」


 ライカに言われて、ノートは遺体からマントを外す。

 その時であった。

 カリーナの索敵魔法に何かが引っかかった。


「大きさからして人間。動いているという事は、まだ生きてるわね」


 カリーナは反応があった場所に駆け寄る。

 ノートとライカはすぐにその後についていった。


 無数に生えている巨大なオリハルコンの数々。

 生存者は、その向こう側に姿を隠していた。


「いたわ!」

「シーラ!?」


 オリハルコンの向こう側で倒れていたのは、僧侶の少女シーラ。

 その服は血塗れで、ある筈の右足が無かった。

 おそらく変異ドラゴンにやられたのだろう。


「カリーナさん!」

「わかってる。すぐに処置するわ」


 カリーナは荷物から魔法薬を取り出し、シーラの傷口にかける。

 そして杖を振り、治癒魔法をかけ始めた。


「酷い傷口ね。普通ならもう死んでるわよ」

「多分自分で治療したんだと思います。シーラはヒーラーなので」

「なるほど。この子運がいいわね」


 意識が朦朧としながらも、助けが来たことは理解できたのだろう。

 シーラの目から一筋の涙が零れおちた。


「よし。これでもう出血は止まったわ」

「よかったのです」

「さぁ二人共、さっさと出ていくわよ」


 カリーナがシーラを抱える。

 三人がダンジョンを後にしようとした次の瞬間。

 上手く立てない程の揺れが、広間を襲った。


「じ、地震ですか!?」

「ダンジョンって地震も起きるの!?」

「そんなまさか……嫌な予感がするわね」


 カリーナは大急ぎで索敵魔法を散布する。

 すると、強大なモンスターの反応が引っかかった。


「……二人共、大急ぎで逃げる準備をしなさい」

「カリーナさん、まさか」

「そのまさかよ」


 広間の奥。地面が砕け、底から巨大な何かが姿を現した。


 巨大な翼に、長い尻尾。

 凶暴な牙を携えた頭部に、ゴツゴツとした岩肌に覆われた身体。

 その特徴全てが、聞いていた話と一致していた。


「変異……ドラゴン」


 ドラゴンの咆哮が広間に鳴り響く。

 ボスモンスターの登場に、ノート達は肝を冷やした。

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