第十六話:何がしたいのか?

 一日半かけて、再びデスマウンテンを登る四人。

 無事頂上に戻り、工房のシドに事の顛末を報告すると同時に、採掘した魔法鉱石を渡した。

 パーティーが注文していた魔道具を仕上げるには十分な量もあり、シドはすぐに残りの魔道具を仕上げにかかった。

 その間待つ事になったノート達だが、既に日も暮れ始めている。

 やむなくその日は工房の部屋を借りて、泊る事となった。


 その夜。

 一人、シドの使っている男部屋を割り当てられたノートは、ベッドの上で少し悶えていた。


「ぜ、全身の筋肉が痛い……」


 魔法鉱石を入れた籠を持たされていた事もあって、ノートの筋肉は悲鳴を上げていたのだ。

 だがそれはそれとして、ノートは洞窟内で起きた出来事を振り返る。


「アルカナ……俺の、力」


 月明りで垂らし出されている右手を眺めるノート。

 何もないと思い込んでいた痣。

 その痣が一瞬だが目覚めて、強大な「力」を示していった。


 ライカやカリーナはその「力」を褒めてくれた。

 別にそれは嫌ではない。

 だがそれ以上に、ノートは怖かったのだ。


「(自分のことなのに……俺自身が一番解ってない)」


 得体の知れない「力」の出現。

 それに飲み込まれるビジョンが、脳内で無限に再生される。

 「力」への恐怖、変わりゆく自分への恐怖が、ノートの心を押しつぶす。


「ライカとルーナは、これを乗り越えたんだな」


 強い女の子達だ。

 それに比べて自分はどうだ、と卑屈になるノート。

 これが転生してすぐの出来事なら、きっと舞い上がっていただろう。

 だが今はとてもそんな気分にはなれない。

 強大な「力」は人を変える。その末路の一つを、ノートはかつて見てしまったのだ。

 故に恐怖する。「力」を持つ責任に押し潰される。

 今のノートには、自分自身と向き合う勇気は微塵も残っていなかった。


「眠れない」


 恐怖心と考え事が、睡眠欲をそぎ落とす。

 既に夜も深いというのに、ノートは欠片も眠くなかった。


「風、吹いてるんだ」


 窓の外から風の音が聞こえる。

 夜風に当たるのも悪くないかもしれない。

 そう考えたノートはベッドから身を起こし、ゆっくりと外に出た。



 標高の高い山の頂。

 雲に邪魔されていない天空は、素晴らしい星空で彩られていた。

 ノートは無意識に、その星空に目を奪われる。


「綺麗だな」


 それは彼にとって、異世界で初めて美しいと感じたものでもあった。

 ノートが転生してから見て来たものは、凶暴なモンスターが蔓延る大地と、人の悪意が蠢く世間。

 物語の中とは異なり、純粋に美しいものは何も無いと思い込んでいた。


 ノートは適当な場所に座り込んで、星空を眺める。

 周囲には暖房用の魔道具が常に起動しているので、寒くはない。


「(こうしてのんびりできる時間って、初めてかもしれない)」


 改めて自分の半生を振り返るノート。

 無能のレッテルを含めた様々な要因により、彼に心安らぐ時など殆ど無かったのだ。

 ノートはゆっくり、自分の事について考える。


「……俺、どうしたいんだろうな」


 異世界なんて碌なものではない。

 それでも生きていれば、いつかは何とかなる。

 そう考えていたノートだが、改めて自分を振り返ると、今の自分があまりにも空虚な事に気がついた。


「この世界で生きて。危ない目にあってまで、何がしたかったんだ」


 自分に問いかけるが、答えは出てこない。

 ただ無意味に星空を眺めるばかり。

 そんなノートの後ろから、一つの人影が現れた。


「夜空を眺めて物思いか? 若いのぉ」

「シドさん」


 現れたのは、煤で顔が汚れているシドであった。


「魔道具の方はいいんですか?」

「工程の都合じゃ。ちょうど今暇なんじゃよ」


 そう言うとシドは、ノートの隣に座り込んだ。


「良い夜空じゃろ。ワシも若い頃はよく眺めていたもんじゃ」

「悩んだ時とかですか?」

「そうじゃな。若い時は誰もが悩むもんじゃ……お前さんもそうじゃないのか?」

「俺は……悩んでいるのかも分からないです」

「そう答えられるのは、若い印じゃ。胸を張れ」

「……半端者なだけですよ」


 シドから目を逸らすように、ノートは空を見上げる。

 するとシドは顔を下ろし、ノートに右手を見つめた。


「ルーナから聞いた。お前さんもアルカナを持っているらしいな」

「……そうらしいですね」

「なぁ、この老いぼれに一つ教えてはくれんか……お前さんから見て、この世界は汚いか?」


 ノートは一瞬、心臓が跳ね上がる思いがした。

 自分が転生者だとバレたのではないかと思ったが、そんな事はないはずだ。

 できる限りの平然を装って、ノートは質問に答える。


「……正直に言えば、汚い方だとは思います。危険なモンスターは多いし、人間はよ酷いのが多いし」

「そうか」

「あぁでも、両親は良い人だったと思います。無能者の俺をずっと庇ってくれていたから……」


 ノートが両親の事を離すと、シドはギョっと目を見開いた。


「お前さん、ちゃんと両親がいるのか?」

「はい。といっても、もうずっと連絡取ってないですけど」

「何故じゃ」

「……俺が無能だからですよ。そのせいで両親に迷惑がかかるんです」


 ノートは自分の両親が、自分のせいで村人から迫害されていた事を告げた。

 それを聞き終えたシドは、悲し気に目を伏せるのだった。


「惨いのぉ。善良な両親の元に産まれても、子供に離別の選択をさせるとは」

「俺が勝手に出て行っただけですよ。全部俺の自己責任です」

「それは違うぞ。子供というのはな、家族と共に生きて育つものじゃ」


 諭すように、ノートに告げるシド。


「子供が親と離れざるを得ない状況を生み出すなんぞ、それは世界の間違いじゃ」

「……」

「じゃが、一つだけ安心したわい。お前さんの両親のような、まともな親もおるんじゃな……」

「どういうこどですか?」


 シドの意図が理解できなかったノートが聞き返す。

 するとシドは、ゆっくりとある事を話し始めた。


「お前さんもよく知っているじゃろうが、アルカナを持って生まれた子供は、魔法資質を持てない。かといって剣技の才も開かない」

「そう、ですね」

「それ故にな、アルカナを持って生まれた子供は親に捨てられる事が多いんじゃ」

「えっ」


 突然の内容に、ノートは言葉を失う。

 それと同時に、以前ライカから聞いた話を思い出した。


「(そういえばライカも、両親に捨てられたって……)」

「お前さん、ここに来てから気にはならなかったか?」

「何をです?」

「ワシとルーナが全く似ていないことじゃ」

「……言われて、みれば」


 全く気にはしていなかったが、改めて言われると似ていない気がする。

 そもそも祖父と孫娘だけで、こんな危険な山に住んでいるのも妙な話だ。


「この世界は良くも悪くも剣と魔法の才能主義なんじゃ。スキルというものも存在するが、剣と魔法以外の力は軽視する傾向にある。だからじゃろうな……軽視を通り越して侮蔑する者も少なくない。無能を自称するお前さんなら、心当たりはあるんじゃないのか?」

「そう……ですね」


 ノートは生まれ故郷の村の人々を思い出す。

 確かに彼らは軽視を通り越して、侮蔑をしていた。


「幼い頃にする魔法資質検査が個人の階級を決める。馬鹿馬鹿しい話じゃ。資質が無いという理由で我が子を捨てるなんぞ、人のする事ではないわい」

「でも、そういう親がいたんですね」

「……残念ながらな」


 シドは遠い目をして、昔を思い出す。


「十五年前、ワシはルーナと出会った」

「(あれ、ルーナの歳ってたしか十五……)」

「ルーナは恐らく、生まれてすぐに魔法資質検査を受けたのじゃろうな。金持ちの子は教会に大金をにぎらせてよくやるんじゃ」

「……まさか」

「十五年前のある日。仕事から戻って来たワシは、このデスマウンテンのふもとに捨てられているルーナを拾ったんじゃ。まだ一歳にもならない赤子を、奴らはこんな危険な山に捨ておったんじゃ」


 シドの怒りが、夜の山頂に響き渡る。

 ノートはそれを、ただ黙って聞く事しかできなかった。


「結局両親が見つからなかったから、ワシがルーナを育てることにした。じゃがその後ドミニク達と出会って、ワシはこの世界の闇に触れてしもうたよ」

「シドさん……」

「アルカナのせいで苦しんだのはルーナだけではない。ドミニクとライカも一緒じゃ」

「ドミニクさんも?」

「ドミニクも相当辛い少年期を過ごしたらしいの。じゃがライカはもっと酷い。実の親から虐待を受けていたらしいからな」

「っ!?」

「偶然出会ったドミニクが助けた頃は、ガリガリにやせ細っていたらしいのう。惨い話じゃ」


 アルカナホルダー達の壮絶な過去を聞いて、ノートはただ衝撃を受ける。

 自分は彼らに比べれば、相当恵まれた環境だったのかもしれない。

 だが同時に、ドミニクが自分を必死にパーティーへと誘った理由も分かった気がした。


「俺って……ちっぽけだな」

「人は皆ちっぽけじゃ。それを理解して人は成長するのじゃよ」


 シドの言葉は届くが、どう噛み砕けばいいのかノートには分からない。

 その真意まで理解するには、ノートはまだ子供すぎた、


「なぁお前さん、ノートとかいったか?」

「はい」

「諦めるんじゃないぞ。誰に蔑まれようが、お前さん達は今確かに生きとるんじゃ。だから諦めんでくれよ。生きることも、夢を見ることも、明日も、絶対に諦めんでくれよ」


 老人からの必死の願い、ノートにそのように聞こえた。

 だからこそノートは、自分を恥じた。

 諦める以前に何も無い、空虚な自分が嫌になった。


「ごめんなさい」

「何故謝るんじゃ?」

「俺には、諦めるようなものが何もないから」

「どういうことじゃ」

「俺には夢がない。生きる意味もわからないし、無意味に明日を生きているだけです。だから俺は……」

「自分が嫌いなのか?」


 ノートは無言で頷く。


「いいか。明日というものは探しものをする為になるんじゃ」

「探しもの?」

「そうじゃ。自分が生きる意味も、夢も、明日で探せば良いのじゃよ。そうして足掻いた明日は、決して無駄ではない」

「……」

「夢を探し続けるのが冒険者じゃ。お前さんの入ったパーティーは、そういった人間の集まりじゃろ」

「……はい」

「ならお前さんも、焦らずに自分のペースで探し続ければいい。明日を冒険し続ければ、いつか夢に辿り着く」


 真っ直ぐな眼でノートに語るシド。

 その言葉が響いたのかは定かではないが、ノートの心は少し軽くなっていた。


「それに、お前さんは一人じゃない。悩みも、恐怖も分かち合える仲間がいるじゃろ」

「……まだ新入りですけどね」

「だからこそじゃ。ぶつかり合うことでしか、分かり合えないこともある」


 ノートの心が揺れる。

 『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』のメンバーを、そこまで信用して大丈夫なのかと、理性が働きかける。

 良い人達である事には間違いないが、そこまでの信用ができるのか。

 ノートは自分に自信が持てなかった。


「まぁなんじゃ。存分に悩め若者! お前さんには山ほどの時間がある」


 立ち上がって、肩を叩いてくるシド。

 かれはそう言い残すと、工房の中へと姿を消していった。


 残されたノートは、再び意味もなく星空を見上げる。


「俺が、やるべきことは……」


 答えは出ない。

 だがその心は、確実に前へと進もうとしていた。

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