第三十二話:二人の来訪者

 急いで本拠地に戻ってきたノートとライカ。

 二人は食堂で呑気しているドミニクに、ギルドでの出来事を伝えていた。


「という事があったのですよ」

「ドミニクさん、聞いてます?」

「あぁ、聞いてる聞いてる」


 椅子に座ってくつろぎながら、煙草をふかすドミニク。

 前髪に覆われた目には、強い興味が光っていた。


「三番のアルカナを持つ女か……気になるな」

「ドミニクさん、探してパーティーに誘うですか?」

「場合によってはな。本人の意志と人間性次第だ」

「じゃあ探しに行きますか? 多分まだこの街にいると思いますし」


 ノートがそう言うと、ドミニクは困ったように首の裏を掻いた。


「そうしたいのは山々なんだけどよー。俺この後面倒くさい予定があるんだ」

「アンタに言わせりゃ、どんな用事も面倒くさいになるでしょーが」


 食堂にカリーナの声が響き渡る。

 彼女は鞄を持って出かける準備をしていた。


「あれ、カリーナさん。今からお出かけですか?」

「聞いてよライカ。さっきギルド長の使いの人が来て、いきなりアタシとドミニクを呼び出したのよ」

「ギルド長が? Sランクパーティーの腕を見込んでの特殊クエストの依頼とか?」

「そんな都合のいい展開だったらアタシ達は苦労しないわよ。内容次第だけど、今までの経験則から絶対厄ネタに決まってるわ」

「そういう訳だ。あーメンドくせー」


 そう愚痴りながら、ドミニクは口から煙を吐き出す。

 こうあからさまに嫌がる辺り、今まで苦労したのだろうと、ノートは察する事しか出来なかった。


「あらあら。二人共随分虫の居所が悪いわね」

「あっ、タイスさん」


 ノートが面倒くさがる二人を見ていると、食堂にタイスがやって来た。


「あぁタイス。見ての通りドミニク共々心底面倒くさがってるわ」

「以下同文だ」

「そうなの。じゃあ私は追加で面倒事を押し付けなきゃいけないわね」


 げんなりした表情で、ドミニクとカリーナはタイスに視線を向ける。


「お客さんよ。可愛らしいお嬢さんが二人」

「客だぁ? 依頼ならギルドを通せって言え」

「残念ながら依頼じゃないみたいよ」

「となると、何の用でしょうか?」

「パーティー加入の希望者ですって」


 その言葉を聞いた瞬間、ドミニクとカリーナの目の色が変わった。


「へぇ。わざわざウチに入りたいって言うなんて……随分度胸のあるお客さんじゃない」

「久々だな。そういう希望者が来るのは」

「どうするドミニク。顔くらい拝んでみる?」

「そうだな……タイス、その客をここに連れて来てくれ」

「わかったわ」


 ドミニクの指示を受け、タイスは一度食堂を後にする。


「パーティー加入希望の人。どんな人なのでしょう?」

「さぁ? でもウチに入りたいって言うくらいだから、スゴい人なんじゃないかな?」


 ライカとノートは、これから来る客に様々なイメージを描いていた。

 そして数分後。タイスに連れられて二人の少女が食堂にやって来た。

 一人は小綺麗な服を着た、どこか気品のある、栗色の髪の少女。

 もう一人は剣を携えた、黒髪でつり目の少女。

 二人の姿を見たノートは口を大きく開けてしまった。


「お前らがウチに入りたいっていう命知らずか」

「はい、そうですわ」

「お嬢様に同じく」

「ぱっと見は、剣士の娘は強そうだけど……手ぶらの娘はどうなのかしら?」

「あの……ノート君、さっきからどうしたですか?」

「こ、この二人! ドミニクさん、この娘達ですよ。昼間にギルドで暴れてたの」

「なに? すると例の三番の女か?」

「あら、見られてましたの。これは少しお恥ずかしいですわ」


 わざとらしく恥じらう栗色の髪の少女。

 それはそれとして、例の話に出て来た少女がいると知ったドミニクは、一気に眼の色を変えた。


「では僭越ながら自己紹介をさせて頂きますわ。わたくしの名はパンジー・ド・リンクウッド。年は十八の駆け出し冒険者でございますわ」

「私の名はアイビー。パンジーお嬢様に使える従者だ」

「彼女もわたくしと同い年の駆け出し冒険者ですわ」


 二人の簡単な自己紹介を聞いたカリーナは、ため息を一つついた。


「リンクウッドって、貴女の実家って」

「はい。貴族ですわ」

「なんでまた冒険者なんかになろうとしたのよ。しかも一番荒っぽいウチに」

「それは」

「悪いけど、金持ちお嬢様のお戯れなら他所でやってくんない? ウチもそこまで暇じゃないのよ」

「まぁ待てカリーナ。その前に確認したい事がある」


 そう言うとドミニクは椅子から下りて、パンジー達の前に出た。


「お前ら……手の甲を見せろ」

「は? 何故手の甲を」

「入団面接の最初の質問ってヤツだ。ほら、さっさと見せろ」


 アイビーは渋々、パンジーは恐る恐るといった様子で手の甲を差し出す。

 同時にドミニクは、ノートとライカにも見るように言った。


「やっぱり……見間違いじゃなかったんだ」


 ノートはそう零す。

 アイビーの手には何もないが、パンジーの手の甲にはアルカナホルダー共通の痣があった。


「この痣が、見えるのですか?」

「うん。俺達も君と同じなんだ」


 ノート達は自分の手の甲をパンジーに見せる。

 その痣は、確かにパンジーに視認された。


「やはり……噂は本当だったのですね」

「噂、ですか?」

「Sランクパーティー『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』には、わたくしと同じ異能力を持つ者が集まっていると聞いたのですわ」

「私とお嬢様は、その噂を頼りにこの街にやって来たのだ」

「目的はもちろん、冒険者パーティー『戦乙女の焔』に入る為ですわ」


 これで彼女達の目的は分かった。

 しかしノートには一つ解せない事があった。

 先程カリーナが言っていたように、パンジーは貴族の生まれらしい。

 ならば何故、こんな危険な冒険者パーティーに入ろうとするのか。


「あの、パンジーさん」

「パンジーで構いませんわ」

「そ、それじゃあパンジー。どうして貴族なのに冒険者になろうとしてるの?」

「おい貴様、その事に触れる――」

「おやめなさいアイビー。わたくしの口から話しますわ」


 パンジーは軽く深呼吸をしてから、語り始めた。


「端的に言えばわたくし、実家を追放されたのですわ」

「追放!? なんで」

「簡単な話です。魔法の資質が無かった、それだけですわ」

「あっ……」


 そこまで聞いて、ノートは以前シドから聞いた話を思い出した。

 この世界は良くも悪くも才能主義。

 剣の才も魔法の才も無い者は、迫害されるばかりだ。


「その……ごめんなさい」

「謝る必要はありませんわ。きっと、貴方がたも同じなのではなくて?」

「まぁ……そんなところ」

「なのです」


 お互いの傷口に痛みが走ったところで、この話題は強制終了。

 アイビーが咳払いを一つして、彼女達の本題に入った。


「そういう訳で、わたくし達はこのパーティーに入りたいのですが……よろしいですか?」

「お嬢様には異能の力が、私は剣技と下級の付与魔法が使える」

「あら、魔法剣士なんて珍しいわね」

「そうなの、ライカ?」

「はい。魔法剣士は数が少ないのです」


 アイビーも中々の逸材らしい。

 問題はリーダーであるドミニクがどう答えるかだ。


「で、ドミニクはどうするつもりなの?」

「そうだな……方や俺らと同じアルカナホルダー。方や貴重な魔法剣士ちゃん。素材としては申し分ない奴らだ」


 腕を組み考え込むドミニク。

 パンジーとアイビーはその様子を緊張の面持ちで見つめていた。


「そうだな、修行にもなりそうだな」

「あの、答えは?」

「入団テストをする。お前達の実力と人間性を直接見させてもらうぞ」

「はい! アイビーもそれでよろしいですか?」

「私はお嬢様の言葉に従います」


 ひとまずの方向性が決まった事に加えて、追い払われずに済んだことに、パンジーとアイビーは安堵していた。


「よし、じゃあ早速テストをしてもらうか」

「あれ? ドミニクさん、ギルド長に呼ばれてるんじゃ」

「そうだな」

「まさか、カリーナさんに押し付けるんですか?」

「バーカ、んなわけねーだろ。ちゃんとギルド長のとこに行くよ」

「じゃあ入団テストは誰がやるんですか? もしかしてカリーナさん?」

「いや違う。お前らだよ」


 ドミニクはさも当たり前のように、ノートとライカを指さす。


「この二人がウチのパーティーに相応しいかどうか、お前らで見極めてくれ」

「なんだそういう事ですか。それなそうと……はぁ?」

「あ、あのドミニクさん? 私達が試験官をするのですか!?」

「最初からそう言ってるだろ。じゃ、任せたぞ」

「いやいやいやいや! 任せないでくださいよ!」

「そうなのです! 責任重大すぎなのです!」


 突然の事に、ノートとライカは必死にドミニクを引き留める。


「こういうのは普通パーティーリーダーがやる事でしょ!?」

「なのです!」

「んな事言っても仕方ないだろ。俺らギルド長に呼び出されてるし」

「ならもっとこう臨機応変にするとか」

「期待の新人(仮)を待たせちゃ悪いだろ。というわけで任せた」


 そう言い残すとドミニクは二人を振り解き、さっさと食堂を去ってしまった。


「ごめんね二人とも。アイツには後でキツく言っておくから」

「カリーナさん」

「でも試験官はしっかりしてね」

「カリーナさん!?」


 最後の希望、カリーナもそう言い残して本拠地を後にしてしまった。

 残されたノートとライカ。

 二人は呆然と途方に暮れていた。


「これは、本当に私達がやらなくてはなのです」

「お二人共、よろしくお願いいたしますわ!」

「異が……胃が痛い」


 入団テストの試験官。

 突然の無茶ぶりに、ノートとライカは目が死んでいた。

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