第二章
第三十一話:ステゴロ令嬢現る!
昼下がりの街を、顔も隠さずに歩く。
そんな些細な事に、もう恐怖するノートではない。
「ノート君、荷物重くないですか?」
「ヘーキヘーキ。全部『
アインスシティの街道を、ノートとライカが歩いている。
今日はドミニクに日用品の買い出しを頼まれたのだが、その量が尋常ではなかった。
「多分ドミニクさんもこうなる前提で俺達に頼んだんだと思うし」
「そうですね……ちょっと目立ってる気はしますけど」
とても十四歳二人には持てないであろう、調理器具や武器の整備用品等の数々。
ノートはそれらを巨大な布に包んでもらって、自身の魔人体に持たせていた。
当然ながら荷物は楽々運べているのだが……背中から獅子の顔を持った岩の巨人を出しているノートが、目立っていない筈が無かった。
「……やっぱりちょっと視線が痛いかな」
「今は人の多い時間帯ですからね~。人が減るまで少し休憩しますか?」
「そうする」
無能者として冷たい視線を浴びるのは嫌だが、珍獣を見る様な目で見られるのも嫌だった。
ノートとライカは街の中央にある大きな噴水に腰掛けて、一休みする事にした。
もちろんノートは、魔人体を消している。
「それにしても、スゴイ量の荷物」
「そうですねぇ。でも仕方ないですよ」
「そうなんだよなぁ……ドミニクさんとマルクさんが大喧嘩して色々ぶっ壊したから」
ちなみに喧嘩の原因は、最後の一切れの肉をどちらが食べるかについて。
ノートやライカの制止虚しく、破壊されていく物品たち。
最後にはキレたカリーナによって、二人は制裁された。
彼らは今も本拠地で反省中である。
「でもこれも、ウチの日常なんだよね?」
「はいです。ノート君も少し慣れてきましたね」
「そりゃあ慣れるよ。色々あったから」
ふとノートは空を見上げて、回想をする。
全てのきっかけは、前のパーティーから追放されたノートがライカと出会った事。
彼女の紹介で出会ったドミニクにその素質を評価されて、Sランク冒険者パーティー『
「みんな個性が強いけど、良い人ばかりだし。俺はこのパーティーに入れて本当に良かったと思ってるよ」
「ふふ。良かったのです」
「だから、その……ありがとう、ライカ」
「なにがですか?」
「いやその、パーティーに入る切っ掛けを作ってくれた事について」
「そのことですか」
「そのことです」
ライカはニパっをと可愛らしい笑顔を、ノートに向ける。
「お礼を言うのは私の方なのです。ノートが来てくれたから、あの時助かったんですよ」
「どう考えてもつり合い取れてないと思うんだけどなぁ」
「つり合いなんて考えちゃメッですよ」
「それ言われるのが一番困るんだけど」
ノートは無意識に首の裏を掻きむしる。
ライカだけではなく『戦乙女の焔』のメンバー全員に、ノートは多大な恩を感じていた。
なんとかして恩返しをしたいのだが、どうにも上手くいかない。
「ノート君は借りを返したいんですか?」
「いや、借りと言うか恩と言いますか」
「恩返しです?」
「そう、恩返し」
「うーん……どうしましょう?」
腕を組んで考え込むライカ。
それを見たノートは、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「あっ、そうです! ノート君はゆっくり考えれば良いんですよ」
「どういうこと?」
「私達はこの先ずっと同じパーティーなのです。だから時間はいっぱいあるんですよ」
「えっとつまり、いいタイミングが来るまで気長に待てってこと?」
「そうなのです」
なんだか上手くはぐらかされた気がするノート。
だがきっと、他のパーティーメンバーに聞いても同じ答えが返ってくる気がしていた。
「……ゆっくり考えるか」
「焦っちゃダメなのです」
ノートは空を見上げて、ぼうっとする。
この世界に転生して随分経つが、こうしてのんびりと思考を休めるのは何時ぶりだろうか。
「なんか、たまにボーっとするのも、気持ちいいんだな」
「そうですね。今はゆっくりくつろぐです」
ライカの言う通りにしよう。
ノートが目を閉じて思考を止めると、周りの雑音がクリアに聞こえてくる。
行き交う人々の足音に、噴水の音。
そして男の怒鳴り声と、取り囲む喧騒……
「……え?」
「なんだかギルドの方が騒がしいですね」
「また誰かが何かやってるのかな?」
そもそも冒険者は荒くれ者が多い。それ故ギルドはいつでもトラブルの嵐だ。
喧嘩もあれば、レオのように救難クエスト騒ぎを起こす者もいる。
一番胸糞悪いのは、クエスト中に死者が出たパーティーの喧嘩。
関わった所で精神に良くない、と教えたのはドミニクだ。
ノートは言いつけ通りに知らんぷりしようとしたが……今は少し機嫌が悪かった。
「ったく、誰だよ。人が静かに休息を取ってたのに」
「あはは、でもこの街ではよくある事ですから」
「……ライカ、荷物見てて」
「いいですけど、どこに行くですか?」
「ちょっと騒いでる奴の顔見てくる」
何処のどいつが騒いでいるのか、ノートはその面を拝みたくなったのだ。
そしてあわよくば文句の一つでも言ってやろうと思った。
ライカの制止も聞かず、ズンズンと野次馬の中に身体を押し込むノート。
一歩前に進む度に、騒ぎの中心が見えてきた。
「おいおい嬢ちゃん。ぶつかっておいてゴメンの一言もねーのか?」
「こりゃもっと誠意ある詫びが必要だなぁ」
目に入ったのはいかにも柄が悪そうな男二人。
そしてそいつ等に絡まれている、哀れな少女二人だ。
「ぶつかった? 勝手に因縁をつけてきたのはそっちでしょう?」
「いきましょうお嬢様。こんな虫けらは相手にする価値もありません」
冒険者ギルドには似つかわしくない綺麗な服を着た、栗色の髪の少女。
もう一人は、剣を携えている黒髪の少女。
二人は揃って呆れ顔で、男達に対応していた。
「おい嬢ちゃん達。あんま生意気なこと言ってると痛い目見るぜ」
「こう見えても俺達はBランクの実力者よ」
「へー、そうですの」
「全く興味ないな」
Bランクといえば、それなりの実力者。
普通ならもう少し驚いたリアクションでも取る所だが、二人の少女は白けたものであった。
「なんだぁお前ら? もしかして田舎から上がってきたばかりの初心者かぁ?」
「なら丁度いい。俺達が冒険者のマナーってやつを教えてやるぜ」
「近くに安宿もあるしなぁ、ギャハハハハハハハ!」
「それによく見れば二人とも楽しめそうな身体してるじゃねーか」
男の一人が栗色の髪の少女に手を伸ばそうとする。
しかし黒髪の少女がその腕を掴んで阻止した。
「おい貴様。気安くパンジーお嬢様に触れるな」
「なんだなんだ? お前から相手してくれるのか?」
「俺達はべつにどっちからでも良いけどよ」
「……ふぅ、やはり害虫は駆除するに限るな」
「黒髪のお嬢ちゃん、そんな事言わずに先輩の言うことを聞いた方がいいぜぇ」
もう一人の男が、今度は黒髪の少女に手を伸ばそうとする。
それとほぼ同時に、黒髪の少女は腰に携えていた剣に手をかけようとするが……
「あら、わたくしの可愛い従者に手を出そうというの?」
瞬間、栗色の髪の少女の雰囲気が変わった。
先程までとは明らかに違う。完全に戦う者の目をしている。
「アイビー、剣を納めなさい」
「ですがお嬢様」
「わたくしのいう事が聞けないのかしら? 剣を納めなさい」
「……かしこまりました」
命令を聞き入れて、黒髪の少女は剣から手を離す。
「で、貴方達。そんなにわたくし達に相手をして欲しいのかしら?」
「お、やる気になったのか?」
「いいねぇ積極的で。そういう女は嫌いじゃないぜぇ」
「……嫌という程、お相手して差し上げますわ」
栗色の髪の少女がそう言った次の瞬間。
少女の服装が、瞬く間に真っ赤なカクテルドレスへと変化した。
何かの魔法だろうか。しかし服だけを変化させる魔法など誰も聞いた事が無い。
野次馬が少々騒がしくなる。
「おっ、その真っ赤なおべべで俺達の相手をしてくれるのか?」
「えぇそうですわ……ただし、喧嘩のお相手ですが」
栗色の髪の少女は何処からか一枚の金貨を取り出した。
「ワンコイン、ベット」
チャリン。
手にした金貨を自分の身体に投げ込む少女。
その金貨は何の抵抗も無く、少女の身体に入ってしまった。
「さぁて。わたくしの可愛い従者に不埒を働こうとした糞野郎二匹を始末しましょうか」
「テメェ、俺らに喧嘩売ってんのか?」
「最初からそう言ってますわ」
男達の顔がみるみる赤くなっていく。
小娘に馬鹿にされたのが相当気に入らなかったらしい。
「では迅速かつ優雅に終わらせましょう」
「この
男の一人が剣を抜き取り、栗色の髪の少女に振り下ろそうとする。
野次馬から悲鳴が幾つが上がるが、当事者である少女達の顔は涼しいものであった。
「破ァァァ!」
それは刹那の出来事であった。
栗色の髪の少女が声を上げると、男が振り下ろす剣より早く、少女の拳が猛スピードで男の腹部にめり込んだ。
「ゴフッ!?」
小さな声を漏らす男。
彼は衝撃で剣を落としたどころか、少女の拳を食らった勢いで、そのままギルドの天井に突き刺さってしまった。
呆然となる野次馬と男達。当然ノートも呆然状態だ。
「え? な、なんで?」
「ナンバーⅢ『
「テ、テメェよくも俺の仲間を!」
もう一人の男が、栗色の髪の少女に襲い掛かる。
だが少女はそれすらも冷めた目で見ていた。
「この野郎!」
「破ッ!」
残像を伴う拳が一発、鈍い音と共に男に叩きこまれた。
「ゴフッ!?」
そのまま崩れ落ちる男。
栗色の髪の少女はその男の髪を掴み、頭を持ち上げた。
「さて、謝罪していただきましょうか」
「しゃ、しゃざい?」
「わたくしの従者に不埒を働こうとした件についてですわ」
「誰がテメェなんかに頭を下げるか!」
「そうですか。では身体で謝罪して頂きましょう」
そう言うと栗色の髪の少女は、男の頭を勢いよく床にめり込ませた。
「まったく。丸腰の軽装だからといって、お嬢様が弱いとでも思ったのか?」
「残念ですけど、こう見えてわたくしステゴロ上等ですの。
床と天井にめり込んだ男達に中指を立てる栗色の髪の少女。
と、それを咎める黒髪の少女。
「しかし、件のパーティーは何処に居るのでしょうか?」
「さぁ? その内見つかるでしょう」
二人は呆然とする野次馬をかき分けながら、ギルドを後にしようとしていた。
ノートも呆然としながら、二人に視線をやる。
「何者なんだ、あの二人」
見たことない強さの持ち主だった。
栗色の髪の少女の服が、カクテルドレスから元に戻る。
その瞬間、ノートは彼女の右手に目が行った。
「あっ、あれって!?」
それはノートやライカの手にもあるものと酷似した痣。
間違いない、彼女は……
「アルカナホルダーだ」
これがノートと、ステゴロ令嬢ことパンジーの初邂逅であった。
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