青い海と恋の歌――1

「ありがとうございましたー」


 僕は国道の交差点にあるコンビニで、チアパック入りのシャーベットを二つ購入した。


 店員さんのやや間延びした声に送られて、僕は自動ドアをくぐって外に出る。


 その瞬間、うだるような暑さがまとわりついてきて、僕は顔をしかめた。


「……暑……」


 七月一七日。午前九時。


 今日も今日とて空は青く、焼け焦げそうな夏の陽差しが容赦なく降り注ぎ、熱と湿気を帯びた空気が僕たちの町を取り囲んでいる。


 僕が着ている、白と水色のストライプ柄ティーシャツとか茶色のチノパンとかに、汗が滲んでしまいそうだ。


 困ったものだよね。これからデートだっていうのにさ。


「まあ、この炎天下ならアイスも美味しいよね。乙姫のところにつくまでに、ちょうど食べ頃の硬さになっていることだろうし」


 僕は自転車のかごにレジ袋を入れて、スタンドを蹴った。


 自転車で走り出しながら、僕は思い出していた。


 乙姫とデートすることになった、経緯について。




          ♫  ♫  ♫




「「――デート?」」


 またしても、僕と乙姫の声が重なる。


「せや!」


 にこやかな笑顔を浮かべながら、音子が首肯しゅこうした。


 僕と乙姫はもう一度視線を合わせて、お互いの手元を確認。


 またお互いに顔を合わせ、赤くなったのちに、そー、と手を離す。


「え、えーっと……」

「それはまた、どうしてそんなことするの? 音子」


 乙姫は戸惑い気味に。僕は口元をヒクヒクと引きつらせながら問いかける。


「ん? そら、男女が二人でするこというたら、まずはデートやない?」

「いや、そんな、なにをいまさら。みたいな顔で言われてもさ? ……そもそも、僕と乙姫が二人で?」

「せや?」

「あの……なんのために?」


 音子がつり気味の目をパチクリとさせて、


「だって、啄詩知らんやろ? 歌詞の作り方」

「あ、うん」

「姫は一応、作詞のイロハ学んどるやろ?」

「う、うん」

「やったら、姫が啄詩に教えたるんが早いんと違う?」


 考えてみればたしかに。


 僕は一応、物書きを目指している人間だ。けれど、作詞っていう分野には手を出したことがない。


 ド素人中のド素人なんだ。


 それなら、自分自身が歌い手であり、いくらか作詞を行ったであろう乙姫が、僕にレクチャーをするのは自然な流れだよね。


「それにやなぁ。歌詞を書くっちゅうことになると、歌い手のことも熟知じゅくちせんとアカン。そう思わへん?」

「――それもそうだね」


 下唇に指をあてながら、僕はなんとなく音子の言わんとすることを察した。


 歌い手には歌い手のキャラクターが、歌詞には歌詞の世界観があって、その両方がマッチしていないと魅力は半減するんだ。


「要するに、啄詩には理解してもらいたいねん――『文月乙姫』っちゅう歌い手のことをな」

「そのためのデートなの? 音子ちゃん」

「せや、姫。なんやったら『A』あたりまで行ってもええんとちゃう?」

「よくないよっ!?」


 うん。僕もよくないと思う。それは早すぎる……うん、違う。乙姫の意志を尊重するべきだと思う。


「そ、そうだよ、音子。その……乙姫と僕は知り合って間もないわけで――」

「わ、わたしも、啄詩くんに迷惑をかけたくないし……」


 いや、迷惑じゃない。全然迷惑じゃないです、お構いなく。というか、むしろウェルカムです。


 まあ、そんな本音、とてもじゃないけどぶっちゃけられそうにないけどね。


「ええー。オモロないなぁ……」

「いや、オモロいとかオモロないとか、そういう問題じゃないんだけどさっ!!」

「なんやー? せやったら、しゃあない。啄詩、ウチが姫のなんたるかを教えたる」

「えっ? 音子が?」

「あ、それならわたしも安心できるかも」


 乙姫が安堵あんどした表情で息をついた。


 それなら僕も、精神衛生上、よろしいと思う。


 けれど音子は、ニヤっと笑みを浮かべた。唇が左右対称に歪んでいる。見るからに不吉そうだ。


 原因のわからない汗が僕の頬を伝う。


「これは中三の修学旅行んときの話や」

「ん? うん」

「姫はそんときからやたらエロい身体をしとった」

「は?」

「ふえっ!?」

「それはいまも変わらへん。むしろ、一層エロく育っとる」


 待って!? 音子、キミなんの話してんのっ!? 遠い眼差しをしながらなに言ってんのっ!? それって歌と関係ないよねえっ!?


「そう。はち切れんばかりの胸は、中三の時点ですでに『F』に達しとった。その触り心地たるや筆舌ひつぜつに尽くしがたく、フワフワポニョポニョ――柔らかさと弾力のバランスが絶妙な、天へと導くれた果実やった」

「たしかに罰ゲームで触られたけどっ!!」

「えっ? 女の子って、そういうことしてるのっ!?」

「ちっ、違うのっ!! 一緒の部屋でお泊まりするって状況で、みんな変なテンションだったのっ!!」


 若干じゃっかん引き気味の僕に、真っ赤になった乙姫が涙目で注釈ちゅうしゃくを加えた。


 一目見てわかる。必死だ。


「見た目、大人しいて清純派なんやけど、お近づきになれたら無防備にもほどがあるんやで? ――ほれ、啄詩」


 そう言って、音子がさっとスマホを取りだし僕に向ける。


 その画面には、ヘニャー、と幸せそうな表情で居眠りをしている乙姫の姿が。


 かっ、かわいい! かわいすぎるっ!!


「音子ちゃ――んっ!!」


 乙姫が悲鳴じみた声を上げた。


「あとで資料として送ったる」

「ダ、ダメだよっ!? 絶対ダメだからねっ!?」


 ごめん、乙姫。超ほしい。


「でなー? 下着も白ぅて可愛らしいのでなー?」

「ひゃうっ!!」

「お風呂に入ったときはバスタオルも巻かんでな? ホンマ、信頼しきっとったんやろうなぁ、ウチらのこと」

「ひっ! ひぃうぅぅぅ……っ」

「その胸の先っぽがまた――」

「わかりましたっ!! デートっ!! デートしますっ!! いいよね、啄詩くんっ!?」

「え……えっと――」

「姫ー? 頼み方っちゅうのがあるんと違いますかー?」

「お願いしますうぅぅぅっ!! わたしとデートしてくださいぃぃぃっ!!」


 肌という肌をくまなく赤くした乙姫が、僕の両手を取って、よく考えたらとんでもない台詞せりふを発した。


 号泣間近な表情で懇願こんがんしてくるものだから、可哀想すぎて、僕は頷くほかなかった。

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