僕の願いと、乙姫の望みと、僕の決意――8
帰宅した僕は、ベッドの上で仰向けになっていた。
そうしながら、ただ天井を見上げている。
枕元には一枚の封筒――『KADOSAWA』の編集部が送ってきてくれた封筒があった。
僕の作品に対する評価シートが入っているものだ。
どうやら、僕が音子の家にいるあいだに届けられていたらしい。
僕はなんの気なしに封を破って、評価シートを取りだし、目の前で広げた。
『エリーがアーサーを好きになったことに対する説得力が欠けています。そこに至るまでの過程をもっと重視して、ストーリーに磨きをかけましょう』
「そっか……そうだよね」
そのアドバイスを、不思議といまは、素直に受け止められた。
そうだよね。現実っていうのは、そうそう都合よく行くものじゃないんだ。
もっと複雑で、
「そういう、ものなんだよね」
僕はシートを持っていた手を、ボスっとベッドに預けて、フー、と大きく息を吐いた。
「――――あ……」
そして気付いたんだ。いまの僕になら、『あの違和感』の理由がわかる。
音子の部屋で、アレンジされた『Blue Blue Wish』を耳にしたときに感じた、『ズレ』のようなものの正体が。
「そっか――『Blue Blue Wish』って、都合がよすぎるんだ」
あの曲は、初デートで告白して両想いで付き合いはじめて――そんなふうに、とんとん拍子でハッピーエンドへ向かっていくストーリーだ。
そういう展開を、僕は望んだんだ。
でも、現実はもっと厳しくて、そもそも告白が上手くいくかどうか、それすらもわからない。
フラれるかもしれないし、両想いかどうかなんてわからない。
願いが叶うっていう保証はどこにもないんだ。
だから、本当ならもっとためらって、迷って、怖がって、傷付いて……そう簡単に、告白なんてできるはずがない。
だからこそ僕は、乙姫が好きなのと同じくらい、臆病になっているんだから。
「そう、だよね……僕なら、乙姫に告白するなんて、きっと無理だ」
たしかに僕は思う。
僕と乙姫が両想いだったら、乙姫が僕に告白してくれたら、どれだけ幸せだろうなあ、って。
でも現実、僕は乙姫に想いを伝えるって決意できないし、乙姫の想いを確かめる勇気もない。
『Blue Blue Wish』のヒロインである『彼女』も、そうなんじゃないかな? 両想いだなんて、わかるのかな?
僕は気がついた。
「――『Blue Blue Wish』って、夢を見すぎているんだ……」
僕は、僕の願望を勝手に押しつけていた。
僕は『好き』って言えないから、乙姫の方から好きになってくれるような――告白してくれるような夢物語を描いていたんだ。
それが、『Blue Blue Wish』なんだ。
「そりゃ、違和感も覚えちゃうよね。あの歌詞は、僕の自分勝手なわがままをかたちにしたもの――ほかの誰でもない、僕が満足するような歌なんだから」
でも、光があるってことは影もあるってことだ。
ツラくて苦しくて悲しくて……だからこそ、それを越えたときに喜びを感じる。ラノベでもそうだよね?
だったら、作詞っていうのも、光と影を描くものなんじゃないかな?
『Blue Blue Wish』に足りてないものは、『影』なんじゃないかな?
僕は身体を起こした。
――啄詩くんがいないと、ダメ……
――啄詩くんがいないと、嫌なの……っ
――わたし、もっと啄詩くんにわかってもらえるように頑張るから――もっと啄詩くんのこと、わかるように、気付けるようになるから……もう、独りぼっちになんてさせないから……っ
「うん……そうだよね」
――いらないなんて、言わないで……っ
「そうだよね。乙姫は、僕のことを頼ってくれているよね。僕のこと、ちゃんと受け止めてくれているよね」
それなら怖くない。
だから、僕も応えるよ。
僕は起き上がり、ベッドから降りてデスクへと向かった。
「もう、いい加減、甘えは捨てる」
ノート型パソコンを開いて、電源ボタンを押す。
ファンの音が聞こえて、画面に明かりがついた。
「最高の歌を作る――
口にすると、ツキン、と胸が痛んだ。
けれど、僕の心は晴れやかだった。
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