僕の願いと、乙姫の望みと、僕の決意――9

 七月三一日。


「啄詩?」

「あの……これ、どうして?」


 音子の部屋を訪れた僕は、ショルダーバッグから取り出したプリントを二人に渡していた。


 そのプリントを見て驚く乙姫と音子に、僕は伝える。


「ごめん。僕、ずっと甘えていたよ。音楽の知識がないからって逃げ出して、曲作りを放棄しようとして……だけど、もうしないよ、そんなこと。僕はこれから、ちゃんと僕の意見を口にする」


 僕は、告げた。




「――――歌詞を変えよう」




 乙姫が真ん丸の瞳を大きくして、息をのんだ。


「いまの『Blue Blue Wish』はさ? 幸せすぎるんだ」

「え?」

「初デートで、両想いだって気付いて告白。そして付き合いはじめる――たしかに理想的なストーリーだよ? 実際、そうであったら幸せだなって思う」

「それなら――」

「けど、どこにも『影』が存在しない」

「影?」


 そうだ。実際、そうであったらどれだけ楽なんだろうね?


 けど、現実にはさ?


「告白するってことはさ? とっても勇気がいることだよね? どこまでも臆病になって、悩み抜いて、もどかしい思いをして……それでも、拒絶されるのが怖くて、ずっと伝えられないままってこともある」


 僕だってそうだ。乙姫に『好き』って伝えるなんてできそうにない。


 期待よりもずっとずっと大きな不安が、僕の前に立ちはだかっているんだから。


『彼女』もきっとそうだ。だから、変えるんだ。


「だから、この歌ではあえて告白させない。想いを秘めたままにする」

「……だけど……」

「わかってるよ、乙姫。それじゃあ寂しすぎる。だから、このヒロインは決めるんだ――『いつかきっと伝える』って。そういう歌詞にしたいんだ」


 その具体案が、二人の手元にある。


「『共感できる』ってことは大切な要素だよね? なら、現実離れした夢物語より、『その気持ちわかる!』って思ってもらえるようなストーリーの方が、いいんじゃないかな?」

「なるほど」


 それまで黙り込み、僕の話に耳を傾けていた音子が、口を開いた。


「つまり、この歌はラブソングでありながら応援ソングでもある――片想いしとる人をリスナーとして、ターゲッティングしたっちゅうことやな?」

「うん」

「けど……」


 乙姫は未だかたくなそうだ。




「――却下や」

「え?」




 そんななか、固くて冷たい声がした。


 プリントを見ていた音子が顔を上げる。


 僕を見つめる琥珀色の瞳は、ひどく無感情そうだった。

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