あなたの歌を唄わせてください――7

「――ああー……お願いしといてなんやけど……」

「なに? 音子」

「ええの? ホンマに」

「うん。いいよ」


 僕は笑顔で頷いた。


 たしかに、執筆にピッタリの長期休暇が訪れた。


 夏休みを執筆作業にあてれば、少なくとも一作、完成させることができるだろう。


 そうすれば新人賞へ投稿する作品が増える。それはつまり、ラノベ作家になるチャンスが増えるってことだ。


 だけど、僕はいま壁にぶち当たっている真っ最中。いわゆるスランプ状態で、執筆自体もかなりマンネリ化している。


 だからこそ、新しい体験は現状打破に繋がるんじゃないかって思ったんだ。


 そして、なにより、


「文月さんの歌は、僕にとって掛け替えのないものなんだ」


 僕が、ずっと文月さんに支えてもらってきたから。


 僕は迷いなく告げる。


「僕でよければ喜んでお手伝いするよ。僕、文月さんの歌、大好きなんだ」


 僕が素直に告白すると、文月さんの真っ白な肌が、かぁっと赤くなった。


「ほう? ほうほうほう。啄詩? キミ、なかなかやりまんなぁ?」

「え? なにが?」

「実は何人もの女を泣かせて――」

「来てないよっ!? えっ!? なんでそんな理不尽な誤解されるのっ!?」


 ニヤニヤ笑いでからかってくる音子に、僕は必死で自己弁護する。


 僕が慌てふためいていると、不意に左の手がなにかに包まれた。


「え?」


 音子へと向けていた視線を戻すと、文月さんが僕の手を、キュウ、と両手で包み込んでいる。


「え? えっ? えっ!?」


 僕が手元と文月さんの顔を交互に見やっていると、文月さんがずいっと身を乗り出してきた。


 驚くほど近く。息がかかるほどの距離に、瞳を潤ませて微笑む文月さんがいる。


 宝玉みたいにキレイな双眸に、僕の顔が写し出されていた。


「ありがとう――その……啄詩、くん……」


 え? い、いま……僕のこと、名前で……


「あの……やっぱり、嫌、かな?」


 不安そうに、でも、しっかりと目を合わせたまま、文月さんが訪ねてきた。


 唖然あぜんとしていると、僕の右腕が音子にツンツンと突かれる。


 僕は跳び上がりそうになる身体をなんとか抑えた。


「い、いや! ぜ、全然嫌じゃないよっ! 文月さんっ!」

「アカーン」

「えっ? なにがっ!?」

「引っ込み思案の姫が勇気振り絞ってんねんでー? そんなん、啄詩ぐらいしかおらへんねんでー?」

「えっ? そうなのっ!?」

「音子ちゃんっ!?」


 突然の暴露に驚き、僕と文月さんが同時に音子の方へと目を向ける。


「『文月さん』じゃ、あきませーん。男なら男らしく応えんとアカンやろー? それが誠意とちゃいますかー?」

「えっ! じゃ、じゃあ?」


 僕の頬を汗が伝う。


 音子がニコォ、と、可愛らしいのになぜか邪悪に見える笑みを浮かべた。


「当然、『乙姫』――やろ?」


 僕の顔が真っ赤になるのと、文月さんの手がビクッ、と震えたのは同時だった。


 視線を戻すと、文月さんが目を丸くして、リンゴみたいに赤くなっている。


 口元がはわはわと震えていて、とてつもなくかわいい。


「――――お、おと、乙、姫?」

「――は……はい」


 うわあぁっ! てのひらが汗でべっとりしてきたっ! きっ、気持ち悪いって思われてないかなっ!?


「ええねぇ、ええよぉ? お似合いやねぇ」


 音子の方からケタケタと愉快そうな笑い声が聞こえてくる。


 けれど、僕と『乙姫』は微動だにできない。


 見つめ合ったままの格好で、固まっていた。




「ほな、啄詩と姫には早速デートしてもらおか?」




 そんな僕たちのもとへ、音子がまたしても、トンデモ発言をぶん投げる。


「え? あの?」

「ね、音子、ちゃん?」


 僕たちがぎこちない動きで音子の方を見やり、見事なまでのシンクロ率で尋ねた。


「「い、いま、なんと?」」

「え? デートしてもらおか? って」


 音子が、自分の提案を再度口にした。




          ♫  ♫  ♫




 七月一六日。


 乙姫の楽曲作成に携わることになった僕は、どういうわけか彼女と――学校一の美少女と、デートすることになった。


 いや、なんで?

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