あなたの歌を唄わせてください――6

 僕は笑顔のまま固まった。


「そんなわけで、姫が唄う曲の歌詞、一つ書いてくれへんかな?」


 え? どうして? どこでどうなったらそんな話になるの?


 思考が停止して、僕はしばらくなにも言えなかった。


「頼むわ、啄詩。ホンマ、ピッタリやねん」


 いや、両手を合わせてニッコリされてもさ?


「あ、あの――」

「あのっ!」


 僕がもう少し詳しい説明を求めようとしたとき、同じタイミングで文月さんが声を上げた。


「わたし、歌手になりたいの!」

「う、うん」


 驚きながらも僕はうなずく。


 ビックリしたけど、自分の唄う姿を動画として投稿するくらいだし、なにより文月さんの歌声は素晴らしいものだ。


 だから、歌唱力抜群の文月さんなら、歌手を目指すってことは、むしろ当たり前じゃないかな?


「――だけど、無理かもしれないの……」


 文月さんがシュン、とわずかにうつむく。


 僕はその言葉にこそ驚いた。


「で、でも、文月さんなら――」

「ウチもいけると思うで?」


 文月さんに代わり、音子が事情を説明してくれる。


「けどな? 姫、親御さんと約束してんねん」

「約束?」

「大学在学中は学業に専念する。オーディション受けるんも禁止。――せやから、少なくともいま、歌手を目指すのは無理やねん」

「で、でもさ? 大学を卒業したら――」

「啄詩? 姫のお父さんの職業、わかるか?」

「え?」

宮司ぐうじさんや」

「宮司?」


 あ、そっか。それで文月さんの家は住善神社の隣にあるんだ。


「で、姫の進む大学は神職育成機関や」


 へえ、そんな大学があったんだ。はじめて知ったなあ……。


 ――――ん?


 あれ? ちょっと待って? お父さんとお母さんの約束で、神職育成機関へ進学? そこで学業に専念?


「えっと……つまり?」


 文月さんは自分の膝元に視線を落として、




「お父さんとお母さんはね? わたしに宮司さんになってほしいって言ってるの。住善神社の跡取りとして」




 寂しさが混じった暗い声。けど、恨み辛みを感じない声。


 開いた口が塞がらない。僕は、そのことわざを実体験した。


「――流石に、なんとも言えへんよなぁ? よく聞く話やけど、難しい問題やで」


 音子がまぶたを伏せて溜め息をする。


親御おやごさんとしても、歌手よりは安定した職業に就いてほしいっちゅうんが、親心なんやろうからなぁ」


 たしかに、実際問題そうだ。


 アーティストになって、食べていけるくらい成功する。そんな人が世の中にどれだけいるだろう? ごくわずか。一パーセントにも満たないと思うよ。


 僕にもわかる。僕もそんな職業を目指して、挫折しかけているんだから。


 いくら文月さんが卓越たくえつした才能を持っていたとしても、絶対に売れるなんて保証は、どこにもない。


「だから、せめて残したいの」


 文月さんが顔を上げ、僕の目を見ながら訴えかけるように言った。


 胸元で手と手を重ねて、祈るようにしながら。


「わたしの夢をかたちにしたい!」


 文月さんの瞳は真剣で、切実で、必死で、すがりつくようにさえ見えた。


 そっか。だから、文月さんは唄っているんだ。


 だから、自分が唄う姿を投稿しているんだ。


 だから、僕に作詞をお願いしているんだ。


「わたしだけの歌を唄いたいっ!」


 わかるよ、文月さん、その気持ち。切ないくらい、わかる。


 文月さんの立場なら、誰だってきっと――僕だって、そう願うよ。


「ウチも将来は音楽に携わりたい思うてる。姫はウチの同志みたいなもんで、姫の唄っとる曲のアレンジは、ウチが担当しとるねん」

「――そうなんだ」

「せやけど、作詞に関してはいまひとつで……」

「わたしも勉強してみたんだけど、とても披露できるものじゃなくて……」


 音子が頭をかいて、文月さんがまたうつむく。


「そっか。それで、僕なんだね?」

「せや。啄詩の創作能力――特に、ボキャブラリーと構成力は、作詞に欠かせへんものやねん」


 なるほど。それで僕にお願いすることにしたんだ。やっとすべてが繋がったよ。


「もちろん、無理を言ってのはわかっているよ?」


 うん。僕たちには夏休みの課題があるし、僕にとって夏休みは、執筆をするいい機会でもあるんだ。


「皇くんにも、やりたいことがあるよね?」


 だから、文月さんが泣き出しそうなくらいツラい顔をしている理由、わかるよ?


 僕に迷惑かけたくないけれど、どうしても諦められないんだよね?


「でも……わたしには皇くんが必要なのっ!」


 そっか。そうなんだ。




「だから……っ! 皇くんっ! わたしに、皇くんの歌を唄わせてくださいっ!」

「うん。わかった」




 僕が即答すると、


「「…………え?」」


 あれ? なんでポカンとしているんだろう? 二人とも。

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