青い海と恋の歌――4

 日が傾いている。


 昼過ぎに帰宅した僕はデスクにかじりついていた。乙姫の話を書き留めたメモ帳を参照しながら、人生初の作詞に挑戦しているんだ。


 ラノベの執筆をする場合、僕はまず作品のテーマと世界観を考えて、そこから全体を広げていくタイプだ。


 そして、これはあくまでも僕なりの仮説だけれど、作詞と執筆には似通っている部分が多い。


 だから、ひとまず僕は、歌詞のテーマをノートにつづることからはじめてみたんだ。


 ちなみに、音子曰く、作曲というものは基本的に『メロせん』という手法で行われるらしい。


 曲のメロディーを作成してから、そこに歌詞を乗せていく方法だ。


 けど、僕は初心者もいいところであって、メロ先に挑むのはちょっと難しい。


 それに作曲方法はメロ先だけではない。加えて言えば、メロ先でなくてはならないってルールがあるわけでもないんだ。


 そこで僕たちは、先に歌詞を作ってからメロディーを考える、『詞先しせん』っていう手法をベースにして作曲することにした。


 まず僕が歌詞を作成して、そこに音子がメロディーを加える。そこからさらに三人で話し合い、ブラッシュアップしていくってわけだね。


「――いまは夏だし……海で……告白、かな? 登場人物は……一〇代後半の女子大生にして……」


 僕は、数えて三番目にあたる歌詞の設定を、ぶつぶつと呟きながらノートにまとめていく。


 乙姫は清純派で、初々しさの残る女の子らしい女の子だ。


 そこで僕は、一〇代・二〇代の男女にターゲッティング。ラブソングをメインに作詞することにした。


 海風をまとった乙姫は、まさに清らかな乙女だった。


 彼女が恋愛にまつわる歌を唄ったら、きっと聴き手の心に染み渡る。そう、僕は思うんだ。


「本当に、キレイだったなあ……」


 乙姫の姿を思い返して、僕の頭はまた、ぽーっとしてきた。


 熱に浮かされたみたいに、ふわふわ漂っている感じがするよ。


 何度も乙姫のことを振り返り、延々と乙姫のことを考えながら、歌詞の設定を書き留め続けている。


 だからだろうね。僕の頭のなかが乙姫一色だ。乙姫ばかりなんだ。


 これが恋ってやつなのかなあ。この、雲みたいに浮かんでいるような、柔らかな温もりに包まれているような、夢のなかにいるような気分が。




 ――わたし、もっと啄詩くんのこと、知りたい。啄詩くんの世界に――心に、触れたい。




 乙姫のやさしい声が僕の耳元でリフレインする。


 僕は夢うつつな状態で、ふとひらめいた。


「歌詞って――『共感できる』って要素も大事だよね……」


 ラノベだってそうだ。


 誰かに共感してもらえないと、いくら素晴らしい世界観を創り上げても、いくら高尚こうしょうなテーマを掲げても、受けいれてはもらえない。


 音楽の世界では自己表現も一つの手法だ。


 自分のなかにある信念とか感じていることとかを、ひたすら真っ直ぐに書きつづっていく。そうして爆発的な人気を誇っているアーティストも、もちろんいるんだ。


 けれど今回、僕の役目はあくまでも乙姫の唄う歌を作ること。


 それは、乙姫の声を僕が借りるということであって、僕が乙姫を演出するということでもある。


 つまり、乙姫がよりステキになる歌詞を書くことが、僕の役割なんだ。


「乙姫をステキに――より魅力的に……」


 シンガーソングライターのなかには、自分の実体験をもとにして作曲するアーティストがいる。


 ラノベ作家のなかにも、自分の経歴や体験をもとにして執筆する著者がいる。


 だったらさ?


「乙姫のキャラクターは、清純派で初々ういういしい女の子……そして乙姫の歌声は、心に届けるような――胸の奥に染み込んでくるような声だ……」


 僕の願望も含まれているけど、


「こういう歌を乙姫が唄ったら――きっとステキだ……」


 相変わらずほけー、としたまま、僕は四つ目の設定に着手した。

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