青い海と恋の歌――3

「歌詞っていうのはね? 言葉のパズルなの」

「パズル?」

「そう。歌詞はメロディーに乗せる必要があるけれど、その制約のなかでメッセージを伝えないといけないの。そのためには、語感とか音数に気をつけて言い回しを変える必要もあるでしょ?」

「たしかにそうだね」

「だから、音子ちゃんが言っていたように語彙力ごいりょくが――ボキャブラリーが大切になってくるの」


 アイスのパックを片手に持って、乙姫は僕に、作詞についてのレクチャーをしてくれている。


 先にアイスを食べ終えた僕は、メモ帳とペンを手にしてその内容をしたためていた。


「それから『ターゲッティング』も重要だよ? たとえば、一〇代の女の子に狙いを定めたとしたら、若者言葉を用いた方がしっくりくるし、テーマも『初恋』とか『友情』とかにしたらいいと思う」

「そっか。そこで固い言葉を使ったり『大人の恋愛』をテーマにしたりすると、受けいれにくくなるかもしれないなあ」

「そうだね。――いま出てきた『テーマ』っていうのも大切だよ?」

「うん。テーマが決まったら登場人物とか世界観とかも考えやすくなるし、なにより主軸みたいなものができるからね」

「啄詩くん、のみ込みが早いね?」


 二人してベンチに並び、やり取りをする僕と乙姫。


 そんななか、乙姫がニコっと僕に微笑みかけてきた。


「そうかな?」

「そうだよ」

「――なんて言うか、不思議と理解できるんだ」

「あははっ。啄詩くん、作詞家になれるかも」

「ありがとう。――そういえば、Aメロ・Bメロ・サビとかの歌詞にはなにか違いがあるの?」

「うん。曲の構成を考えるといいかも。たとえば、Aメロで舞台設定を整えておいて、Bメロでは登場人物の心情を描写したりするの。歌詞の内容を広げたり深めたりするためにね? それからサビに入ったときに、一番伝えたいメッセージをドーン! って届けたらいい構成になると思うよ?」

「そっか。歌詞にもちゃんと起承転結があるんだ」

「それから、聴いてくれる人の耳に残るようなフレーズがあるといいね。そういうの『キラーワード』って言うんだって」

「キラーワード……決め台詞みたいな感じかな?」


 僕は乙姫の解説を、逐一ちくいち、自分がわかりやすいように置き換えていく。


 そうやって解釈しながらメモを取っていくうちに、


「あ。そっか」


 ふと気付いたんだ。


「作詞って、似てるのかも」

「え?」

「ラノベの執筆と」

「そうなの?」


 目を丸くして、ポカン、と口を開く乙姫に、僕は笑みを浮かべつつ頷いた。


「ライトノベルっていうのは、基本的に一〇代、二〇代の男子をターゲットにしているんだ。小説の一種だから、当然世界観の設定と構成が重要になってくる。それに、キャラクター小説に分類されるから、登場人物の決め台詞とかも考えたりするんだ」

「へえぇぇ……」

「もちろん、ボキャブラリーも大事だよ? 読み応えのある文章を書くためにね」


 ほへー、と心底感心している乙姫がやたらかわいくて、僕の笑顔は一層柔らかいものになった。


「スゴいなぁ……啄詩くん」

「あはは。僕の趣味がこういうふうに役立つなんて、思ってもみなかったよ」

「そっか。そうなんだね……」


 乙姫がふわりと華やいだ表情を僕に見せる。


「じゃあ、啄詩くんはシナリオライターで監督さんだね」

「え?」


 アイスのパックをベンチに置いて、乙姫が静かに立ち上がった。


 そして一歩一歩、海の方へと歩き出す。


「啄詩くんがシナリオを作って演出をするの」


 背中で手を重ねて、僕に話しかけながら。


「『舞台背景はこうですよ? 登場人物はこういう気持ちです。この台詞は大事なので心を込めてくださいね?』って」


 そうなのかな? ……そうなのかもしれない。僕がラノベを書くときは、乙姫の言うよう、キャラクターの心情を意識しているから。


「それでね? わたしは啄詩くんが創った世界を表現するの」


 くるりと乙姫が振り返った。


 ワンピースを揺らし、夏の陽差しに彩られながら、青い海と青い空を背景にして。


 彼女はやさしげな微笑みを浮かべている。それはまるで、映画のワンシーンのようだった。


 僕は目を奪われた。


 目の前にいる少女はとても美しくて、まぶしくて、輝いていて……『ヒロイン』っていうのは、乙姫のことを指すんだろう。


「わたしは啄詩くんが創った世界で生きるの。啄詩くんに演出してもらって、啄詩くんに彩られて」


 彼女は片手を僕に差し出すようにして、まぶたを伏せた。


 ス、と息を吸って、


「わたし、もっと啄詩くんのこと、知りたい。啄詩くんの世界に――心に、触れたい」


 再びまぶたを上げる。


 乙姫の瞳はトロンとしていて、夢を見ているようだった。


「ワクワクするなあ……とってもステキ……」


 蕩けるようにはにかむ乙姫。


 僕はそんな彼女に心を奪われながら、頭の片隅で思う。


 唄っているときもそうだった。


 乙姫の歌声は、聴き手の心にまで歌詞を届け、歌の世界に誘ってくれる。


 自分の想いと、作詞家が歌詞に込めた想い。その二つをやさしく溶け合わせて、より響くメッセージに昇華してくれるんだ。


 それはきっと、乙姫がそんな人だからなんだろう。


 彼女は、『理解』して『共感』して『表現』する人なんだ。


 言うなれば、乙姫は、歌の世界の『女優』。


 夢の世界に迷い込んだような気分で、僕は乙姫だけを見つめていた。


 僕は思う。


 ああ……本当に僕は、乙姫が好きで好きで好きで、堪らないんだなあ……。

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