ただ僕は、キミの力になりたくて――5
その日の昼前には雲も流れ行き、空には一面の青色が広がっている。
降り注ぐ陽差しは希望のように思えて、僕たちの胸のなかを表しているみたいだった。
「急にごめんね? 音子ちゃん」
「ええよええよ。むしろ嬉しいで? ウチは」
――わたし、唄いたい! 早く唄いたいの! 啄詩くんが勇気をくれたから、もう怖くない!
決意を口にした乙姫と一緒に、僕は音子の家を訪れた。
どうやら、動画の撮影は、いつも音子の部屋で行っているらしい。
乙姫の強い光を宿す目を見て、音子はニカッと笑った。
そのあと、突然の訪問にもかかわらず、
――で? 喉の調子は万全なん?
と、乙姫のしたいことを直ぐさま察したようだった。
「啄詩、ウチのベッドの敷き布団、持ち上げてくれへんか?」
「えっ? え、えぇぇっ!?」
「なにキョドってんねん……まあ、ちょっとだけなら匂い嗅いでもかまへんよ?」
「えええぇぇぇぇっ!?」
「そっ、それはダメだよっ! 音子ちゃん!!」
音子がひどく楽しそうにケタケタと笑う。
なんだ冗談か。残念……いや違う。
それはともかくとして、だ。
「えっと、布団をどうするの?」
「窓際に運んで立てかけたって? それを壁にするんや」
「壁?」
「撮影中に雑音が入ったらアカンからな。空調も一旦とめるで?」
な、なるほど。良質な音作りには撮影環境も大事なのか。二人ともやっぱり物知りだなあ。
「ところで、姫?」
「なに?」
「その格好でええの?」
乙姫が着ているのは白いブラウスじゃない。
キャミソールみたいに開放的な水色のワンピース。
その上に羽織った、サマーニットの白いシースルーシャツ。
僕とデートをしたときの服装だ。
「うん。これがいいの」
乙姫は一度自宅に戻って着替えてきた。
多分、歌のテーマが『初デート』だからだろうね。それで、僕とのデートを思い出して、この服装にしたのかもれない。
もしそうだとしたら、思いついてくれただけでも僕は嬉しい。
音子は乙姫の言葉を聞いて、やさしい顔をした。
「――さよか」
一言、そう返して。
部屋の中央に乙姫が立っている。
ビデオカメラは三脚に取り付けられ、部屋の本棚側にセッティングされていた。
クローゼットを背景にした乙姫は、首下から胸の辺りまでがカメラに収まるよう、位置取りしている。
いつも上月姫子さんがそうしていたように。
「ほな、TAKE1、いくでー」
ビデオカメラの後ろに立つ僕は、パソコンの前に座っている音子の声を受けて、息をひそめた。
ドク、ドク、と脈打つ音が耳に届く。いつもより速く、大きかった。
けれど、これは緊張だけが原因じゃない。
僕の心臓は急かしているんだ。早く早く! って。
嬉しいんだ、僕は。ワクワクして仕方がないんだ。
「五秒前! 四、三、二――」
いよいよ『僕たちの歌』が完成するんだから!
僕は録画ボタンを押した。
音子が音楽再生ソフトを操作する。
そして、流れはじめた。
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