ただ僕は、キミの力になりたくて――6
イントロはエレクトリックピアノの『アルペジオ』。
音の階段が、僕の意識を引き寄せる。
――はぁ……
一際高い音色。その余韻のなか、乙姫が息継ぎをする音が聞こえた。
乙姫が胸のなかを空気で満たし、
きっと キミに伝えるから
待ってて?
澄み切った美声が『アカペラ』で――なんの混じり気もなくストレートに、僕の書いた歌詞を届けてくる。
乙姫の伸びやかな歌声が名残を作り、直後、シンバルの音が弾けた。
夢の世界から一転、目が覚めたようだった。
空気が変わる。
エレキギターの旋律。力強いベースの唸り。ハイハットが刻む8ビート。
僕の世界が展開されていく。
まるで、『彼女』の内なる世界から、明るい空へと場面が切り替わったような――
マリンブルーのトンネルで キミの隣 歩いてる
星空みたいな銀の群れ 二人の周りを駆けていく
『グロッケン』の音色が水音のように、陽差しのように、
マリンブルーに包まれて 「キレイだね?」ってキミが言う
僕の視界にトンネル水槽が広がった。
たしかに、銀の色をした魚の群れが駆けていく。
乙姫の瞳が輝いていて、僕の心こそ高鳴った。
Aメロが終わり、Bメロに入る。
直前、『ストリングス』が奏を作った。
やさしく柔らかく切なく。
伴奏から感じる風景は、再び『彼女』の気持ちへと移り変わった。
キラキラ輝く キミの目が
あたしのこと 見つめてて
胸の奥に隠していたのに
あたしの想いに 気付かれちゃうかな?
当初、『メジャー』中心だった明るい『コード進行』には、『マイナー』のもの悲しさが織り交ぜられている。
僕は、『彼女』が期待していると思っていたんだ。
でも、違った。
『彼女』は期待するのと同じくらい。いや、それ以上に不安がっている。
自分の想いに気付かれたら、『彼』との関係は変わらずにはいられない。たとえそれが、望んだものと違っていたとしても。
『彼女』はきっと怯えているんだ。だからこそ、僕たちはマイナーコードを取り入れた。
気付いてほしい。けど、嫌われたくない。そんな『彼女』の心境を表現するために。
乙姫の歌声は、僕たちの描いた世界に忠実だった。
僕が思い描いたとおり――いや、それ以上の鮮明さをもって、歌の世界観を表現していく。
本当に、乙姫は、歌の世界の女優だ。
ドラムがリズミカルに叩き鳴らされ、曲はサビへと突入する。
わかってるよ?
まだ キミは気付いてない
あたしの青い気持ちには
キミの目 キミの隣に 胸が苦しいよ
わかってるよ?
あたし そんなステキじゃない
キミの恋人になれるかな?
でも きっと キミに伝えるから
お願い
待ってて?
エレクトリックピアノが柔らかく、泡の弾ける音を再現した。
間奏が流れはじめる。
ああ、嬉しいなあ……。
僕の世界がかたちになっていく。
乙姫の姿が、とても魅力的で、けれど、一歩踏み出すことをためらっている『彼女』の姿と、重なった。
ああ、嬉しいなあ。
嬉しくて嬉しくて、切なくて……
涙が、出そうだよ。
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