青い海と恋の歌――6

 音子はふんふんふん、と、二度三度と頷いて、僕の方を見た。


 そして、ニコッと笑みを浮かべる。


 ゾクゥッ!!


 僕の背筋に言い知れぬ悪寒が走った。


「よっしゃ! これに決定!」


 ええぇぇぇぇぇ――――っ!!


 音子の決断を聞いて、僕は内心で絶叫する。


「いやいやいや……ええねぇ、この甘酸っぱさと青春の香り。お互いを想い合う純朴じゅんぼくな愛。そしてハッピーエンドのストーリー。――こんなん、姫に唄うてもらえたら最高やないの。なあ、啄詩?」

「あのっ、ちょ……っ」

「ようわかっとる! 啄詩、ようわかっとるわ! 姫のキャラクターが掴めとるし、なにより年頃男子のニーズにピッタリや! イチコロや!」


 うわあぁぁぁぁっ!! なんかいろいろバレてるっぽいぃぃぃ――――っ!!


「姫も見てみぃな」

「えっ!?」

「うん」


 あああぁぁぁぁぁ――――っ!!


 音子が、『Blue Blue Wish』の歌詞が印刷されたプリントを乙姫に手渡す。


 僕は真っ赤な顔で口をハクハク。


 酸欠気味の金魚みたいになりながら、乙姫が歌詞に目を通す様子を眺めていることしかできない。


 頭のてっぺんから氷水をぶっかけられたような、冷たい衝撃が僕を襲う。


 心臓にかかる負荷がとんでもなくて、うっかり昇天しょうてんしてしまいそうだ。


 暗転寸前な僕の視界。魂が抜けてしまってもおかしくない。


 仮に、乙姫に、僕の想いに気付かれちゃったら……


 激しい戦慄せんりつと、筆舌ひつぜつに尽くしがたい恐怖感。僕の胃がキリキリと痛み出した。


 はじめて抱く感情だけれど、親指を立てて、テヘペロ☆ ってしている音子が憎い。ただひたすらに憎い。


 そんな、嵐が巻き起こっている僕の内心とは裏腹に、乙姫が静かにじっくり、歌詞を読み進めていく。


 ながながい――永遠のように長く感じる時が流れ……


「うん! とってもいいっ!」

「そやろ? これがええよな?」

「ね? 啄詩くん?」

「は、はいっ」

「わたし、この歌、唄いたいっ!」


 僕が歌詞に込めた想いには気付かれていないみたいだ。本当に、心の底から安心した。


 けれど、引き返すことはできそうにない。


 お願いだからやめてよ……その表情。


 乙姫の瞳がキラキラしている。乙姫の口元がほころんでいる。乙姫が花のような笑みを浮かべている。


 乙姫の顔にはこう書いてあった。




 これがいいっ!




「う、うん。じゃあ、それにしよっか……」


 そんな笑顔を見せられたら、そう言うしかないよ……。


 僕は空元気な笑顔で乙姫に答えた。

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