僕の願いと、乙姫の望みと、僕の決意――2

 流れるメロディーはやや高めの音域だ。


 さらに、それがBメロの最後の部分で階段を上るように高くなり、その高揚感を保ったままサビへと入る。


 おー……僕は音楽理論とかちっともわからないけれど、なんとなく、見せ場を作ったって感じがするなあ。


 自然と身体を横に揺らしたくなるような、落ち着いた気持ちよさがある。


 乙姫も瞳を閉じて、ゆっくりと身体を揺らしているよ。


 口元にやさしい笑みを湛えて、とてもリラックスしているような表情だ。


 そして、二つ目のサビに入ったところで、


「あれ? いま、なんか音が高くなった気がする」

「『転調てんちょう』だね? 半音高くなってる」

「せや。二つ目のサビでは想いが通じ合うわけやからな。ここはキーを高くして盛り上げるべきやろ」

「うん。一気に明るくなった」


 パッチリと目を開けた乙姫と、ドヤ顔を浮かべる音子。


 二人のやり取りを耳にして、僕は納得した。


 たしかに、全体的にキーが高くなったことで、曲が持つ雰囲気ががらりと変わったなあ……。


 そういえば、J-POPの曲って、後半で少し高くなるものが多い気がする。


 それから、カラオケとかでキーを上げ下げしたら、印象が全然違うふうに聞こえるんだよね。


 ああいうの、転調って呼ぶんだなあ。勉強になるよ。


 やがてサビも終わって、


「どや?」


 という音子の問いかけに、「「おーっ!」」と、僕と乙姫は拍手で答えた。


「あ。けどさ、音子? サビの『キミの目 キミの声 キミの隣に』ってところ、メロディーと合っていない気がしたんだけど……」

「ああー……それはやなぁ……啄詩には悪いんやけど、メロディーに合わせて少し削らしてもろてん」

「え?」

「どうしてもリズムとテンポに合わんくてなぁ……」


 ばつが悪そうな顔をして、音子が頬をかく。


「啄詩がこだわっとるんなら、メロディーの方を――」

「いやいや、大丈夫だよ! むしろ、曲としてよくなるんだったら全然問題ない!」

「そか。そらよかった」


 僕が慌てて手を振ると、音子の顔つきが柔らかくなり、ホ、と安堵あんどの息が聞こえた。


 乙姫が言っていた『音数に気をつける』って、こういうことだったのかあ。


「あ、あのね? 啄詩くん。わたしからもお願いがあるんだけど……」


 続いて、おずおずとためらっている様子で乙姫が手を挙げる。


「なに? 遠慮しないで言っちゃって?」

「えっと……Bメロの『あたしのことを 見つめてて』って部分、修正した方がいいと思うの」


 乙姫が机の上に置いてあったプリントを手にして、僕に身体を近付けてきた。


「『あたしのことを』の『を』は、唄ったときに『こと』の子音と重なっちゃうから、ちょっと唄いにくくて……」

「そっか、わかった。それじゃあ、『あたしのこと 見つめてて』にしよっか? それでも意味が通じるし」

「うん。そうしたらわたしも唄いやすいよ」


 乙姫がふわっと顔をほころばせる。


 近すぎる距離とか、かわいすぎる表情とか、いい匂いとか、僕はいちいちドキドキしてしまう。


 でも、少しだけわかってきた。


 音数・リズム・語感。それらを意識しないといけないのは、曲から不自然さをなくすためなんだ。


 語彙力はこういうところでも役に立つんだなあ。


「ほな、こっからは歌詞の微調整といこか? 姫とウチが意見を出すから――」

「僕は言葉を足したり引いたり、表現方法を変えたりすればいいんだね?」

「そや。頼むわ」

「あ。それとね? イントロ部分にワンフレーズ、歌詞があったらいいなって思うの」

「イントロに?」

「そう。イントロって最初に耳にする部分でしょ? そこを印象的なものにしたら、もっと聴きたい! って思ってくれるから」


 そっか。そこもラノベと一緒なんだ。


 ラノベでも、一行目と出だしの数ページはとても重要になってくる。そこに一番力を入れるって言っても過言じゃない。


 なにせ、はじまりがつまらなかったら、そこから先に読み進めようって気持ちになってもらえないからね。


「それやったら、サビにある『やっと キミに伝えられたんだね』ってとこをモチーフにしたらどや?」

「そうだね。じゃあ、ここをちょっとだけ変えて――」


 そこから昼過ぎまで、僕たち三人は歌詞の加筆・修正を行った。


 曲の輪郭りんかくがおおよそ見えてきたところで、


「ほな、ウチ、イントロのメロディーとアレンジのパターン考えとくから、今日はここらで解散にしとこか」


 音子の提案で、僕たちは本日の曲作りを終わりにした。

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