僕の願いと、乙姫の望みと、僕の決意――5

 ――ギャ――……ン……




 エレキギターの音が室内に響く。


「ここは『エフェクター』かけた方がいいんじゃない?」

「どんくらいひずませる?」

「軽く『クランチ』くらいかな?」




 ――ギャ――ァ……ァ……ン……




「どうかな? 啄詩くん」

「う、うん……少し、印象が強くなった……かな……?」

「そうだよね! 存在感があった方がいいよね!」

「『エレピ』の方はエフェクターかけんといく?」

「そうだね! そこは澄んだ音でいこうよ!」

「ベースは『フィンガーベース』でかまへん?」

「うーん……フィンガーベースはまろやかすぎるんじゃない? もう気持ちしっかりしていた方が――」

「ほな、『ピックベース』で」

「『ストリングス』は?」

「もちろん入れるでー? サビには特に」

「『グロッケン』もいいと思うよ?」

「お? ええなぁ。幻想的で、なんか泡とか水の音、連想させるしなぁ」


 あれから五日が経過していた。


 もはや、僕には口をはさむ気力も、口出しする勇気もない。


 着々と進んでいく曲作り。パソコンの前ではしゃぎ合う、二人の女の子。


 その様子を、僕はカーペットに胡座あぐらをかいた状態で眺めている。


 作業開始から既に二時間が経過。ずっとこの構図のままで時が過ぎている。


『Blue Blue Wish』の制作にあたって、僕は完全に置いてきぼりだった。


「え、えっとね? エフェクターっていうのは、音を歪ませて、意図的に音割れを作る仕組みのことなの」


 黙ったままの僕に気を遣ってくれたのか、乙姫が慌てた様子で振り返った。


「音色の雰囲気を変えて、表現の幅を広げてくれるんだよ?」

「フィンガーベース、ピックベースいうんはベースの演奏方法のことや! 前者は指で、後者はピックで弾く」

「エレピはエレクトリックピアノの略称。ストリングスは弦楽器のことで、グロッケンは鉄琴のこと。ほ、ほら! 弦楽器とか鉄琴の音って、どことなく水族館デートっていう感じがしない?」

「う、うん……ホント、詳しく教えてくれてありがとう……っていうか、ゴメン。僕なんていう初心者がいるばかりに……」

「そんなことないよっ! 啄詩くんが謝ることなんて全然ないよっ!」


 乙姫が胸元で手を握って、力強く僕を励ましてくれる。


 嬉しい。うん、嬉しい。


 乙姫はやっぱり、泣きたくなるくらいやさしい。


「問題あらへんでー、啄詩? 音楽は『音』を『楽しむ』もんやからなー」


 あっけらかんとした口振りでそう言って、音子が歯を見せるようにして笑いかけてくれた。


 うん、嬉しい。


 同情されるより、笑い飛ばしてくれた方がずっと気が楽だ。


 だけど僕には、楽しむ余裕なんてなかった。


 申し訳ない。情けない。恥ずかしい。


 そんな感情が、ずっとずっと頭のなかに渦巻いている。


 そして、思ってしまうんだ。


 僕は、ここにいてもいいのかな? こんな、役立たずの僕が。

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