友情
「なぁなぁ。早くしないと、誰かに取られてまうで」
なんでもない顔をしながら主語のない話を放ったのは、このお店の常連さん、川本さん。
「えっ、何の話ですか?」
自らの気持ちを表したように思い浮かんだ雨里さんを急いで消して、こちらもなんでもない顔をしてそう返した。
「いやいや!それは無理あるわ!自分、何の話か絶対分かっとるやん!」
大笑いしながら問い詰めてくる川本さんにシラを切っていたら、「しゃーないな!」と聞こえてきそうな表情で、川本さんが「あめちゃん!」と大きな声で言った。
「雨里さん...が、どうかしましたか?」
「うーわ、めんど!もうええやん!白状したらどうなん?バレバレやで?」
「...なにがですか」
「頑固!頑固や!顔赤くしちゃって!世界一説得力ないわ!」
「何にも説得してませんもん。説得力なんてなくて当たり前じゃないですか」
「言い訳の仕方子供か!素直やないねぇ」
あまりに頑固な僕に負けたらしい川本さんは、珈琲を一口飲んでから、ポツリポツリと話し始めた。
「俺な、人生で後悔してることが、一個だけあんねん」
先程とは違うトーンの話に、思わず身構えてしまう。
「高校の頃な、好きな子がおってん。ショートカットが似合う、笑顔が素敵な子。それはもう、好きで堪らんかったよ」
そう話す川本さんは、とても優しい表情だった。
「何度も告白しようと思ったけど、出来んかった。よくある話でな、怖かってん、友達じゃなくなるのが。そうやってうだうだしとる間に、気が付いたら卒業。会うことがなくなって、それでも、忘れられんかったなぁ」
少し遠くを見ながら、愛おしそうに川本さんは笑った。
「その後、高校の同窓会があってな。そこに彼女も来てて。左手の薬指に指輪がないことを無意識に確認してしまうくらいには、まだ好きやった。それなのに、その時も俺は勇気がなかってん。一度だけ目が合ったのに、それも逸らしてしまったんよ。そうして言葉も交わさんうちにお開きになって。その半年後やな、彼女が結婚するって人伝てに聞いたんは」
「そんな...」
「しかもな、さらに数年後。また人伝てに、衝撃的な話を聞くねん。なんとな、高校の時からあの再会する日までずっと、彼女も俺のこと好きやったんやって。だけど彼女、良いとこのお嬢さんやったから、お見合いが決まってて。最後の賭けとして、もしあの日俺が話しかけてくれたら、勇気を出して告白する気やったって。それ聞いて、もう情けなくてな」
知らなかった。川本さんがそんな経験をしていたなんて。聞いているだけで心が苦しくなる。
「せやから!後悔して欲しくないねん。後悔したって、全部、遅いんやからな」
グッと、珈琲を飲み干す川本さん。ああ、僕の負けだ。
「...どうしたら、良いですか」
「ん?」
「どうしたら良いですか。雨里さんのこと、後悔しないためには」
はっきりとそう言った僕を見て、川本さんは静かに口角を上げた。
「やっと白状したな。そうやって、素直になることが大切なんよ」
「ごちそーさん」と言いながら伝票を手にレジに向かう川本さんは、かっこよかった。
「でも、意外でした」
「なにが?」
「そんな過去がおありだったなんて。だけど、今の川本さんを見ていて思います。素敵な奥さまに出会えたんですね」
「…あー、それな、嘘嘘。普通に告白して高校の時に付き合ったもん。で、それが今の奥さん」
「え?」
「ほ、ほら。嘘も方便って言うやん、な?許してーや、心の友よー!」
「川本さん、俳優さんになれますね」
「おー、そら光栄!褒め言葉として受け取っとくわ!」
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