混乱

「ちょいちょいマスター!どういうことなん!?なにがあったん!?ていうかもしかして…もう付き合っとる!?」


こんな状況を作り出したご本人は「あ、お手洗い借りますね〜」と何もないように席を立った。よって、爆弾発言の余韻と、混乱状態の川本さん、そして僕が残された。


「いやぁ、なんと言いますか…」


「そもそも聞いとらんし!そない大事なこと!なんで教えてくれんの!?」


「これには理由わけがあって…いや、まぁ事実ではあるんですが…」


「事実なんやろ!?じゃあ理由も何もないやん!それ以外に何があんの!?」


完全に川本さんのペースに飲み込まれてしまった。こうなったらもう、雨里さんが戻ってくるのを待つしかない。この勢いに割って入るほどの話術を持ち合わせていない僕は、混乱する川本さんの話を静かに聞くことにした。しかし、覚悟を決めてからたった数秒で、雨里さんは席に戻ってきた。


「ちょっとあめちゃん!言い逃げはなしやで!」


「えー?本当のこと言っただけですよ」


「…ってことはやっぱり!ついに付き合ったんか!」


川本さんが雨里さんにそう聞いた瞬間。僕は自らの性格を後悔した。静かに聞いていたから、大事なところを否定し忘れていたのだ。「やっぱり」「ついに」という言葉付きで、「付き合った」という誤情報が店内に響き渡る。

雨里さんに今一番考えてほしくなかったこと。雨里さんから居場所を、このお店を奪ってしまうことになりかねない、僕のいらない感情。


「違います!」


気が付いたら僕は、大きな声でそれを否定していた。雨里さんも川本さんも、驚いた顔で僕を見ている。僕自身も、自分に驚いて声が出ない。3人しかいない空間を、嫌な静けさが襲う。


「…あ、そうなん?早とちりやったわ!ごめんなぁ!あ、でも家には行ったんよな?かわもっちゃんに全部話してみぃ!」


「…えー、しょうがないなぁ!実はね、前に…」


川本さんの明るい声が静寂を破り、それに続いた雨里さんがその静寂を取り除いてくれた。なんとなく、お二人共に気を遣わせていることだけが伝わってきて、情けなくなった。提供しなくてはいけない側の人間なのに、僕はそれを放棄して、二人の優しさに甘えている。呆然としている僕の代わりに、雨里さんが川本さんに説明してくれていた。

話の最後に「ほらね、何にもやましいことないでしょ」と言った雨里さんの顔が、どういう訳か、頭から離れない。笑っていたのに、笑っていなかった。

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