狼狽
「なぁ、なんであんな大きな声で否定したん?」
また川本さんと僕だけになった店内。雨里さんは仕事があるからと、足早に帰っていった。見え透いた嘘だった。いつも通りに明るく無邪気に振る舞っていたけれど、お店に来た最初の頃のように、どこか影があった。二度とそんな顔はさせたくないと思っていた、あの顔だった。
「なんでと言われても…お付き合いしていないので…」
静かにおかわりの珈琲を淹れながら、つぶやくような声でそう答えた。答えになっているようでなっていない僕の返答に、わかりやすくため息をつく川本さん。申し訳ないけれどそれに気付かないふりをして、珈琲を淹れ続けていると、川本さんは再度ため息をついた。
「まあそこが事実なんはわかったわ。でも、だからってあんな大きい声出すことなかったやろ。あめちゃん、驚いてたし、悲しんでたで」
「お客様の前で大きな声を出してしまったことは反省しています。すみませんでした」
空気が変わったのは嫌でもわかった。
「は、なんで急にそない他人行儀なん。それにお客様って、他に誰もおらんかったやん。そんな話をしてるんと違うことくらいわかってるやろ」
「いや、でも、おふたりも大切なお客様ですし…」
接客業にふさわしくない言い訳じみた言葉を並べながら、珈琲を川本さんの前に置こうとしたと同時、川本さんが突然席を立った。
「もうええ。ただのお客さんやと思われてんなら、それは心外や」
「え、川本さん…」
「マスターの爺ちゃんの時から通ってて、もうずっとここのファンなんよ?自分のことも小さいときからよう見てきた。もう家族みたいなもんやと思ってたんよ。これはおっちゃんの独りよがりなんか?所詮客なのに、首突っ込みすぎなんかな」
川本さんは自嘲するように一気に言葉を吐き出した。いつもとは違う語気の強さに狼狽える。
「そんな、違います!」
「マスターの真面目なところ、良いところだと思うよ。優しくて、気遣いができて。こういう仕事向いてるんやろうなってなんとなくわかる気ぃするわ。でもな、人間そればっかじゃあかんやろ」
「川本さん…」
「…よし。かわもっちゃんに、話してみぃ?」
雨里さんの時とはまた違う、優しい言葉だった。
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