そのままで
「晃成さーん!あ、かわもっちゃんも!」
元気よく扉を開けて入って来たのは、茗花さん。
「おー!あめちゃん!今日も元気やな!」
「雨里さん、こんにちは」
僕達は、川本さんの「なんや2人とも堅苦しいで!」の一言から、お互いを名前で呼び合うことになった。
店長とお客さんなのだから別にそのままでも良かったのだが、有難く便乗した。
あの日、あの雷雨の日、色々とあったあの日。
雨里さんは、最後の珈琲を飲み終えると、僕のジャージのまま帰って行った。
雨は大分小降りになって、少し先の空では、雲の向こうから太陽の光が透けていた。歩いて帰ると言う雨里さんを無理矢理タクシーに乗せ、少し軽くなった背中を見送った。
その2日後、雨里さんは乾いた服を受け取りに来た。そして、社長さんに素直な気持ちを伝えたと教えてくれた。
雨里さんは、事務所を辞める覚悟だった。だけど、社長さんの答えは違った。
『雨里、ごめん』
『え。なんで社長が謝るんですか。謝るならこっちの方で…』
『違うよ、雨里。俺は、雨里に自分の夢や理想を押し付けて、それに気付かずに、ずっと苦しめてた』
『そんな、やめてくださいよ。私、社長には本当に感謝しています。その気持ちは絶対に変わりません。何もお返し出来なかったことが唯一心残りですけど、毎日本当に楽しかったです。本当に、幸せでした』
『…雨里、辞めないでくれ』
『えっ。でも、私、もう…』
『俺は、雨里に、まだまだ演技を続けていてほしい。雨里は原石なんだよ。人を幸せにする、力がある。お返しなんて、いらないよ。いや、むしろ、その演技こそが何よりのお返しになってる』
『社長…』
『"期待しない"から。のびのびとやっていてほしい。それで、もしチャンスが来た時には、全力で掴みに行こう』
『…それで、いいんですか』
『それが、いいんだよ。雨里の良いところ、知らないうちに潰してた。本当にごめん。雨里はそのままが一番。"茗花 雨里"、その存在が魅力なんだよ』
『私っ…、ここで、続けていいんですか』
『次の舞台、もう台本できてるから。雨里がいてくれないと、困るよ』
社長室で、2人で号泣したそうだ。また、新しい気持ちで歩いていこうって、約束したそうだ。
「おーい、晃成さん。聞いてました?」
「え、ごめんなさい、なんですか」
「も~やっぱり聞いてない!」なんて怒ったふりをした彼女が笑う。それだけで、優しい気持ちになれた。
『"茗花 雨里"、その存在が魅力なんだよ』
会ったこともないけれど、社長さんとは仲良くなれそうだ。
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