素敵な杞憂
『お待たせ致しました、珈琲です』
『あ、ありがとうございます…』
『ごゆっくりどうぞ』
「ふぅ~!あめちゃ~ん!」
「ちょっとかわもっちゃん!やめてよ~!」
僕たちは今、喫茶店で、雨里さんの出演しているドラマの鑑賞会をしていた。
雨里さんが出演するこのドラマは、主人公の男性が様々な壁にぶつかりながらも、成長していく物語だ。
雨里さんは、主人公が立ち寄ったカフェのアルバイト店員の役を演じている。
素人目に見たら接客をするだけなのだけれど、カフェの店長が強烈なキャラクターのため、それを中和させつつ引き立たせる重要な役割だ。セリフが少ない分、その人の雰囲気や所作、話し方など、細かいところまで気を配らなければならない。
難しいことも詳しいこともわからないけど、雨里さんにピッタリだなって、そう思った。
「…"茗花 雨里"!ほら!あったで!」
エンドロールに表示される、出演者やスタッフの名前。雨里さんは主要キャストではなかったため、沢山並んでいる中に小さく表示されただけだったけど、確かにそこに、名前はあった。
「雨里さん、すごいですね」
はしゃぐ川本さんを少し恥ずかしそうに見ていた雨里さんに、横から声をかける。
「…なんか、恥ずかしいけど、嬉しいですね、やっぱり」
心から嬉しそうで、僕も安心した。ドラマ出演を喜ぶ一方で、悩んでいた雨里さんを知っていたから。
「ドラマに出る」ということは、同時に、「不特定多数の多くの人の目に触れる」ことを意味している。今までの舞台や雑誌とは訳が違うのだ。観ることを選択せずとも、見る機会が増える。テレビドラマとは、そういう場所だ。
たくさんの人に知ってもらえるのは、もちろん嬉しい。しかし、いつの日か雨里さんのことを悪く言った人達の目にも、当然触れることになる。しかもこのドラマは話題沸騰中だ。尚更その可能性は高い。心無い言葉をぶつけられる可能性だって、その分高い。
…嬉しいけど、不安。そんな雨里さんの気持ちを知っていた。
だけど、それも心配なかったようだ。ドラマの中で、こんなにも素敵に笑う雨里さんを、誰が馬鹿にできるだろう。もし仮に酷いことを言ってくる人がいたとしても、そんなことが気にならない程、雨里さんはキラキラと輝いていた。
そして雨里さんは笑顔でこう言った。
「…うだうだ悩んでいたら、作品に失礼ですよね!こんなに素敵な作品に出られたんだから、もっと胸張らないと!」
その笑顔は、以前より美しく、強く見えた。
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