雪
あの日から茗花さんはお店に来なくなった。
あの一件があったからだろうか。それとも、ただ忙しいのだろうか。後者であることを祈ってはいるが、きっと前者だろう。
僕は接客業には向いていないのかもしれない。
おじいちゃんからこの喫茶店を受け継がせてもらった時、お客さまが安らげる場所にすると心に誓った。それなのに、僕は知らず知らずのうちに距離感を間違えていたみたいだ。
何事にも、適度な距離感は大切。
事務的なやり取りばかりの喫茶店にはしたくなかったから、これまで会話を大切にしてきた。世間話はもちろん、お客さまの相談事や愚痴、とにかく色々な話をしてきた。入り込みすぎないようにと、お客さまの表情や声にはとことん注意して、心地の良い距離感を保ってきた。
…それなのに僕は、茗花さんとの距離感だけは間違えてしまう。
明るくて優しい彼女の人柄に甘えて、その笑顔に舞い上がって。仲良くなれたと勘違いをして。
彼女はお客さまだ。大切な常連さん。
そして僕の仕事は、彼女がホッとできる時間を提供すること。
一人で静かに珈琲を飲みに来る人もいれば、話をしたくてランチをしに来る人もいる。パパッと食事を済ませて帰っていく人もいれば、まったりとティータイムを楽しむ人もいる。
お客さまが求めることを汲み取って、その人に合った接客をしないといけない。
僕は本当に彼女の気持ちを汲み取れていただろうか。いや、汲み取ろうと努力しただろうか。
今日も、川本さんが置いていった雑誌をしまう。
「"競馬と冬"…」
彼女を見つけた24ページは、全く違う連載が始まっていた。
あれ以降、彼女の写真を見ることはなかった。
彼女と出会った時に降っていた大粒の雨が、街を白く染める大粒の雪に変わった。そんな季節。
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