夢現
「はい、どうぞ」
彼女が選んだのはミルクセーキだった。
「ありがとうございます!………あぁ~、優しい味だぁ!」
いつも美味しそうに、楽しそうに飲んでくれる。
純粋に美味しそうに飲んでくれるのは嬉しいし、僕まで楽しい気持ちになる。
…それから、たわいも無い話をした。
自分の弱さが情けないが、何があったのか聞く勇気は持ち合わせていなかった。
なんとなく触れないようにと、探り探り緩いラリーを繰り返した。
「…さぁ、お話しますね」
ミルクセーキを飲み終えた後、彼女は珈琲を注文した。ブラックで。
「どうしてこんなにびしょ濡れになってしまったのか、気になっていることでしょう!」
外はどんよりと、夜のように暗い。これ以上空気を重くしないように、彼女はおちゃらけて見せた。
「それはぁ?事務所をクビになったからでーす!」
右手に作ったピースサインを僕の前までグッと突き出して、眩しいほどの笑顔でそう言った。
「ふふっ。そんな顔しないで。今からちゃんとお話しますね」
熱めに、苦めにと注文された珈琲を一口飲んで、「あつっ、にがっ」と零してから、やっぱり笑顔で話し始めた。
「正確には、クビと言われた訳じゃないんです。社長、優しいから。だけど、現状として、私を雇っていて良いことはない。それをすごく感じてしまうんです」
茗花さんの世界では、仕事がないことが、クビにつながる。
悪徳な事務所では、辞めさせるためにわざと仕事を与えなかったり、逆に嫌な仕事ばかり押し付けてきたりするらしい。そうやって、精神的に追いつめられて、みんな辞めていくらしい。
だけど、茗花さんの事務所はそうでは無い。社長は彼女のために必死に仕事を獲ってきて、本気で彼女を応援し、支えてくれている。
「あの、最近ヒットした、炭酸飲料のCMわかります?そこに出てる話題の可愛い女子高生、ウチの看板娘なんです」
そうだったのか。確かに、「あの美少女は誰だ!」と話題になっていた。
「それから、ウチの事務所でお仕事を依頼されるのはその子ばかりになって、社長は悩んでいました。みんな平等に応援しているから、その子のことはもちろん嬉しいけど、それで他の子の仕事が無くなることに、誰よりも心を痛めていました」
また一口、熱くて苦かった珈琲を飲む。
「私もこの世界が甘くないってこともわかっていたし、あの子の実力も努力も知っているから、恨んだりしてないし、応援してるし、むしろ嬉しいんです。活躍してるところを見ると、本当に嬉しい」
ここまでは良かった。でも、彼女は今日、聞いてはいけない現場に居合わせてしまった。
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