秘密

「前に、ピアス開けないんですかって聞かれましたよね。あれも、本当は女優さんのためです。あ、痛そうで怖いっていうのも本当ではあるんですけどね」


微笑みながらゆっくりと話す茗花さんは、本当に上品だ。

相槌を打つことも忘れ、彼女の話を全身で聴いていた。


「どんなお仕事が来ても良いように、取り返しのつかないようなことはしないようにしてるんです。例えば、時代劇なのにピアスの穴があったらおかしいでしょう。今の時代隠すこともできるから、開けてる人なんて正直たくさんいるけど、私は少しでも可能性を残しておきたかった。ただの願掛けなんですけどね」


ピアスを開けずにイヤリングであることが、彼女にとってきっと心の支えで、お守りだったんだ。

取り返しのつかないようなことはしないと言った彼女は、艶やかな長い黒髪もそのひとつだと教えてくれた。いつ、どんな役でどんな髪型が要求されるか分からないからと。切ってしまったらその分お仕事の幅が狭まる気がするから、これも願掛けだと。


「高野さんは、私の神様なんです」


「えっ」


「イヤリング、拾ってくださったじゃないですか。あれ、私が女優さんのお仕事で頂いたお金を貯めて買ったんです。頑張るぞって、決意の気持ちで。これさえあれば、辛くてもなんとか頑張れました。…でもあの日、あの大雨の日、落としてしまって」


そう言いながら、彼女は左手で、そっと右耳のイヤリングを触った。


「あの日は、とても落ち込んでいたんです。久しぶりに頂いた演技のお仕事が上手くいかなくて、"あぁ、私もここまでかな"って。そうしたら雨は降ってくるし。運良く事務所に置いた傘があったから濡れずに済みましたけど、もういっそずぶ濡れになりたかった。何も考えず、どこか遠くへ行きたかった。もう、全部全部投げ出して、消えてしまいたかった」


茗花さんは切ない表情を浮かべた。だけどそれは一瞬で、一息つくと悲しく微笑んでいた。

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