貫く

『有名になりたいとかモテたいとか、そんな軽い気持ちでやってるんじゃない!彼はただただ好きなことをしてるだけ!それの何が悪いの!?』


『落ち着きなさい!父さんはな、お前に幸せになって欲しいから言ってるんだ!そもそも…』


『もういい!彼のことを悪く言わないで!勝手に結婚するから!行こ!』


『待ちなさい!』


雨里さんの鬼気迫る演技で、劇場は呼吸をするのもはばかられるほどの緊張感に包まれていた。

僕は今、雨里さんの舞台を観に来ている。



『ただただ好きなことをしてるだけ!それの何が悪いの!?』

その言葉を聞いた瞬間に、僕は数日前のことを思い出した。

この舞台の数日前、喫茶店で雨里さんは言っていた。『今回のセリフで、心にぐーんって入ってくる言葉があって。きっと、晃成さんならそれが何かわかると思うんです』と。イタズラな顔をして、『一言一句、聞き逃さないでくださいよ』と念を押された。

きっと、この言葉だ。雨里さん自身と重なる言葉だからこそ、より説得力が強くなっているような気がした。



拍手が徐々にまだらになり、やがて止む。ある程度人が少なくなってから席を立ち、いつも衣装のまま出てきてくれる雨里さんをロビーで待つ。すっかり慣れてきた終演後の流れ。

それはいつもと同じだけれど、いつも少しずつ変わっていくことがある。雨里さんを待つ人の数だ。

舞台の回数を重ねるごとに、雨里さんに声をかける人も増えていった。舞台だけでなく、雨里さん自身に興味を持つ人が多くなっている証拠。

舞台後だ。疲れているし、時間もないだろう。そう思い、ここでの挨拶は控えようかと何度か考えた。それでも必ず。


「晃成さん!」


「雨里さん、お疲れ様です。今回も素敵でした」


「ありがとうございます!」


こうやって必ず、雨里さんは笑顔で僕の名前を呼ぶ。終演後、疲れた顔を見たことは一切ない。心の底から演じることを楽しむ彼女の笑顔は、周りの人も幸せにする。


少しの間言葉を交わし「じゃあまた」と背を向けた僕は、大切なことを伝え忘れていたと、雨里さんを呼び止めた。


「ただただ好きなことを貫き通す雨里さんは、本当にかっこいいです」


雨里さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに満面の笑みで頷いた。

答え合わせ、成功だ。

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