最終章 9.僕はリアルで、彼女に告げる。

「な、な、なんで、ここに……!?」

「……話がある」

「は、話!?」


 家のチャイムが鳴り響き、ドアを開けると、そこにはいつになく真剣な表情をした『最上さいじょうまこ』が立っていた。あの新宿で戦闘……じゃなくて暴れた時と同じ紫の花柄ワンピースを着ているけど、なぜかあの時とはかもし出す空気感が全く違う。そしてその彼女の後ろには水戸みとさんが相変わらず真っ黒なスーツでポーカーフェイスな顔で立っている。

 

「わ~まこちゃんだ~!! お久しぶりです~」

「由衣、久しぶりだな!」


 僕の後ろからひょっこり現れた由衣に明るく笑いかける彼女がとても眩しく見えた。


「由衣様、少し私と出かけませんか」

「え!? 水戸さんと!?」

「はい、お台場にでも」

「わー、行きたいです!!」


 大はしゃぎする妹はすかさず出掛ける準備をして、玄関から飛び出ると、水戸さんもそのまま行くのかと思ったら、なんと、僕に向かってその端正な横顔と流し目で、にやりと笑みを仕掛けてきたのだ。それも男の僕でもドキッとする程のカッコ良さで。瞬時に凍結した僕を置いて何事もなくスッと行ってしまった。

 

 ……僕初めて見たんだけど、水戸さんの笑った顔。

 ……というか、なぜ今、笑った?

 

 そもそもなんで妹を連れてった?

 なんで彼女と二人きり? 

 それも僕の家の玄関で。

 親が仕事で良か……、良かった? 良かったのか!?


「と、とにかく、上がってく、ください……」

「……お邪魔します」


 どうにもこうにも収集がつかない僕は彼女に家へ上がってもらった。

 しかしなんか彼女、様子がいつもより変じゃないか?

 いや、いつもか……。

 じゃあ今のこのなんとも大人しそうな様子は逆に変ではないってことか!? 

 いやもうどっちが変なのか分からないんだけど!


「あ、あの、なんですか、話って……」

 

 さっきから歯切れが悪い会話とハイパーパニック、気まずすぎる沈黙まであって、余計に空気が重たい。

 そんな僕達は二人っきりでこのリビングに突っ立ったままだ。『最上まこ』の写真や本を大事に飾っている祭壇のある僕の部屋には、ぜったいに死んでも入れることは出来ない……。目の前の本人を。


「……立石ってさ、ずっと私を好きでいてくれたんだよな」

「へ……?」

「いつから?」

「い、いいいい……」

「いつからだ!?」

「ちゅ、中3から……」


 い、言ってしまった、本人に……! 

 僕の『最上まこ』推し経歴を……!


「デビュー仕立ての頃か。そんな前からなのか……。すごいな、立石って。あの頃の私は……、めちゃくちゃだったのにな」


 彼女が心なしか肩を落としながらそう呟く。

 確かにデビューの頃からずっと彼女を見てきた僕にとって、一時期気落ちしてそうな様子が見えた時がある。きっと何かあったんだろう。


「で、でもまこさんは、とても頑張ってた。それに可愛いかっ……」


 そう思わず答えてしまった僕を彼女はふと笑って、暖かな眼差しで見つめてきた。僕の顔の熱が一気に急上昇し、バッと右手で口を押さえてしまう情けない自分がいたけど、時既に遅しだ……。思わずポロっと言ってしまった……。恥ずかしすぎる……。しかも、見上げてくるまこさんが愛らしくて儚すぎて直視出来ない……!


「なあ、立石。ネットでも好きになってくれたんだよな……、『銀氏物語』を……。私、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。今まで誰もほとんど見向きもしてくれなかったのに……。コメントなんて初めてもらったし、ほんとに嬉しくて……。それにファンアート、ディスられた時の返信も、何もかも……! 立石のくれた全てが嬉しすぎて忘れられないんだ……!!」


 彼女は僕の顔にその潤った瞳で真っ直ぐな視線を送り、気のせいかその細い体が震えているようだった。

 そしてその顔色は愛くるしい程に真っ赤だ。

 

 や、やばい……、なんか完全にまこさんがいつもと違う……。そしていつも以上にストレート過ぎる……。なんだこの甘過ぎる蜜の中に落とされてしまったような感覚は……。意識が……いやいや、しっかりしろ……隆斗りゅうと!!


「ぼ、僕も……、いつもイラストを褒めてくれて、すごく励みになって……。とても喜んでくれて……。僕にたくさん嬉しさをくれてたのに……、日暮里のカフェで、僕が何も出来ずにこんなことになって……。本当にすみません……」

「何を言っている、あの時の私はきっと誰にも止められなかったさ。逆に私のせいで色々迷惑かけてすまなかったな……。それに立石は十分にやってくれた。あの時、命がけで私の疑いを晴らしてくれて、そして『腐女子のJK』と知った時、こんな偶然あるのかって思ったんだ……! 震えた、……嬉しすぎてな!!」

 

 また先に『嬉しい』と言われてしまった。

 色とりどりの可憐で可愛い花達が豪快に咲き誇る。

 そんな満面な笑みを僕に向けて。


「ぼっ、僕が、嬉し……、わっ!!」


 お、落ち着け、隆斗よ! こ、これは、そう2度目だ。急に抱き着かれたこの状況は……。気にするな、隆斗よ。そう、些細なことだ、抱き付かれるなんて、そう気にする事ではない……って無理だろぉぉぉ!!


 おかしいだろ!! 中3からずっと好きだったアイドル『最上まこ』と二人っきりな上に急に抱きつかれてるなんて、ぜったいこんな状況おかしいだろ……!

 あの歌舞伎町の夜の時とはなんか空気も違うし、なんか全てが違う……!

 あ、これはもしや夢か。……いや夢じゃない、夢じゃないんだ! しっかりしろ、しっかり意識を保て! しっかりリアルを見ろ、隆斗……!! 


 僕は今きっとピーンっと直立不動して微動だにしない、世の中でたった一人時が止まったかのような、かなりおかしなヤツだろう。あたかもウーハー付きでドゴンドゴン低音を響かせるような心臓音が絶対に彼女へ伝わっているはずだ。やばい、額から冷や汗も流れ出てきた。


 だけど今回は彼女の様子も大分おかしい。先日の歌舞伎町ではただたくましく笑い、元気いっぱいに僕へハグをしてきたのに、今彼女の身体は少し震え、その熱を帯びた顔を恥ずかしそうに僕の胸に押し付けている。あまりの唐突な出来事の上、そんな儚げで猛烈すぎる様子の彼女を感じる度に、クラっと倒れそうになって遠退いていく意識を必死に保つことで頭がいっぱいだ。


 すると彼女は僕を見上げるように頬を染めた顔をこちらへ向け、口をゆっくりと開いた。


「また一緒にこれからも、嬉しいこと、たくさん、やっていきたいんだ。他にも。……だから、だからっ、立石っ! 私と、共にっ、生きてほしい。……リアルでも!!」


 口をまごまごさせながら真っ赤にした顔ではにかみ、必死に伝えてきた彼女のその言葉を聞いた時、心底実感したんだ。


 ――まこさんは正真正銘『ゲイのおっさん』だって。


 『わいと共に生きよう』


 あの言葉が思い出される。


 でも今回は、あの時とは違う。


 『クリンク』のネット上ではない。


 リアルで、僕の胸の中にいて、体温も感じるし、いい匂いもする。


 今、目の前にいるんだ。


 僕はこの硬直して直立不動している腕をカクカクさせながらも、どうにか動かした。


 ――暖かな彼女へ。


 柔らかい小さな背中を、ぎこちない腕でそっと感じた時、僕は胸にある小さなカケラを必死に掴み取り、ゆっくりと口を開いた。


「もちろん……です」


 照れ臭そうにしながら恥ずかしそうに笑う彼女が僕を見つめ返してくれた時、初めて直接言えたんだ。



「……僕は、まこさんが大好きです」

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