2章 11.僕は学校で、心臓を打ち鳴らす。

 僕は教室で心軽やかに帰宅の準備をしていた。なんて言ったって今日『ゲイのおっさん』と僕の合作が『クリンク』のトップページに表示されているからだ……!


 こんなに嬉しい結果があるだろうか。おっさんも今まで以上にとっても喜んでいた。相変わらず5文字の返信でだけど。

 そんな風におっさんが喜べば、僕もとても嬉しい。僕の絵で誰かを幸せに出来るのならこんなに嬉しい事はないと思う。僕はこの日初めて自分の『夢』に対して少し実感出来たような気がした。


「おい、立石、立石ってば!」


 校内から出た瞬間、誰かに呼び止められた。それも小声で何度も。

 辺りをきょろきょろと見渡すが、誰もい……た。


 なぜか校舎の壁の隅で下にかがみながら水玉ハンカチをどろぼうのように頭から被り、鼻の下で結んでいるおかしな人物が。 


「さ、さいじょ……!?」

「おい、立石も『クリンク』やってるのか?」

「へ!?」


 『最上まこ』だった。

 本人は隠れているようだが……、逆に目立ちたいのだろうか。それもなぜかその表情は大天使ミカエルのあの神々しい笑顔を携えている。その輝きが凄すぎてまともに見ることも出来ないじゃないか……! 


 ……見た目はただの変人なのに。


「昼休み、立石のスマホ画面がちらっと見えてな……。見るつもりはんだけどな!」


 ……嘘だろう。


 『最上まこ』は嘘をつくのが下手だとこの時初めて知った。

 そうか、だからヘマを出さないために学校では誰とも話していないのか……。あんなに上手に偽りは演じているのに……。というか今『クリンク』って言わなかったか……!?

 

「な、ななな、なんで……」

「だから、見た……じゃなくて、見えたんだって……!」

「い、いや、な、なんで『クリンク』って……」

「私、そこで小説書いてるからな!」


 ……なぜかどや顔をしている『最上まこ』を今、僕はたぶん目を白黒させて見つめている。


「しょ、小説……!?」

「そうだ! 立石も何か披露してるのか?」

「ぼ、ぼぼぼぼくは……」


 これって言っていいのか!? だって僕は『クリンク』では偽りを演じてるし、それも腐女子だし……! ペンネームを言わなければ問題はないのか……!?


「ぼ、僕は……絵を……」

「絵!? 絵を描いてるのか!?」

「は、はい……」

「……見たい!! 見せてくれないか!? 私とマッチングしている女子にも見せたい!」


 目の前の『最上まこ』はキラキラと目を輝かせながら小声ながらもすごっく興奮しているようで、僕にもそれがすごく伝わってくるようだ。どうやら僕と同じように誰かと組んでいるようだ……。


「マ、マッチング……、誰かと組んで、るんですか……?」

「ああ! すごいぞ、彼女の作品は! 同じ女子高生でな、ペンネームは」

「まこさん、なぜそんな摩訶不思議な格好をしているのですか」


 まこさんと一緒に背後の男性の声に振り向くと、そこには黒ぶち眼鏡に真っ黒なスーツ姿の男性が立っていた。


 マネージャーの水戸さんだった。


「水戸、なぜここに」

「それを聞くのですか」


 水戸さんは自身の腕時計を冷たく見つめる。


「……すまん、立石! どうも急ぎのようだから、また今度な! まさか立石も『クリンク』のユーザーだったなんてな!」


 すると彼女は、その小さな頭にずっと装着していたおかしな水玉のハンカチをサッと取ると、色素の薄い長い茶色の髪をそよ風になびかせ、僕の鼻にシャンプーという天国の匂いを漂わせる。

 

 ……鼻血が出そうだ。


「あ、さっきのは秘密だからな! ……お前と話すと楽しいな! じゃあまたな」


 ……倒れてもいいだろうか。


 速足で去って行く二人の後ろ姿を茫然ぼうぜんと見つめる。

 

 どこから思考を巡らせればいいのだろうか。

 小説……?

 色んな面で頭が付いて行っていない。

 『最上まこ』は一体いくつ秘密を持ってるんだ……。

 

 唖然あぜんとしながらも、心臓が破裂しそうになっていることに気が付いた。


 誰にも言われたことなんてない。


 『お前と話すと楽しい』だなんて。

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