2章 9.僕はネット上で、5文字に想う。

「は~~」


 パソコン前で大きなため息をつく。

 『ゲイのおっさん』がコメントでディスられて、僕はたった今ディスった奴に返信した。


 僕は『ゲイのおっさん』の繊細な文章と物語に一目を置いている。なにより作家本人とのギャップがひど……すごい。どんなにいい作品でも必ず賛否両論はあるわけで、万人に受け入れらるものなんてこの世にはないと思っている。


 本当は、ふざけんなこのやろー!と言いたかったけど、公開コメントだし、僕にはそんな勇気もなく、いわゆる大人な対応、というコメントを送ったつもりだ。……まだ未成年だけど。


 『ゲイのおっさん』とマッチングを開始して僕のイラストを見てくれる人も格段に増えた。二人で組めば、一人では決して出来なかったことも出来る。『マッチング申請』をしてくれた『ゲイのおっさん』には本当にとても感謝しているんだ。会ったこともないけれど。


 そんな出会いを生んでくれたネットはとっても有難いフィールドでもあるけど、様々な中傷コメントが軽い挨拶の如く飛び交っているのも事実だ。この『クリンク』でも同じだ。アクセス数が伸びれば伸びるほど、そのようなコメントが届くのは仕方ないことだとは思っている。いわゆる『出る杭は打たれる』と言うやつだ。


 ……だが、実際そんなコメントが来るとかなりショックだろう。


「おっさん、大丈夫かな……」


 僕は『ゲイのおっさん』と同じように今日傷付いていた彼女を思い出す。

 

 ――アイドルの『最上さいじょうまこ』だ。


『慣れっこだから』


 あの時の声が脳内にこだまする。

 たぶん仕事柄そういうことは多くあるはずだ。慣れている、と言えばそうなんだろうけど、なんて悲しい言葉なんだろう。そんなことに慣れるだなんてやはりおかしいことだと思う。

 

 僕は言いたかった。


『僕は調子に乗ってるなんて思わない。最上さんはとても頑張ってる』って。


 だけど、言えなかった。

 僕にはその勇気がなかった。


 さっき自分が打ち込んだ返信コメントをボーっと眺める。


「ネット上では言えるのにな……」


 キーボード上で言うのと、口から出すのではこんなにも違う。同じ言葉なのに。


 その時、メールが届いた。


「ははっ、また5文字なんだ。おっさんらしいや……」


 もし僕があの時、勇気があればまこさんも言ってくれたのかな。


 『ありがとな』って。


 ――


 学校の昼休み。

 今日も一人で窓から外を眺めながら菓子パンをほおばる。そしてちらっと『最上まこ』の背中を一瞬見る。彼女も机で一人お弁当を食べているようだ。


 あれから何日か経ったけど、まこさんとは特に話もしていない。気まずくなった気がするのはあの時の会話を盗み聞きのように聞いてしまったからかもしれない。


 相変わらず仕事が忙しそうだし、それに僕から彼女に話しかける勇気なんてありやしない。ましてや学校だ。大勢の人達がいる前で話すだなんて夢の夢だろうな。


 僕は昼休みに『銀氏物語』の続きをスマホで読み進める。

 いよいよクライマックスと言った感じだろうか。『銀氏』と『藤原頼通よりみち』が時を超えて結ばれていきそうな勢いだ。『藤原頼通』と言ったら史実では最愛の奥さんがいたらしいが、子供が出来なかったと言われてるはずだ。そのあたりをうまく物語と絡ませながら実は『銀氏』という彼を愛していた、という物語になっている。

 相変わらずめちゃくちゃだけど、史実とうまい具合に絡ませてるんだよな……

 

 その頼通よりみちの父である、全盛期の摂関せっかん政治を築き上げた『藤原道長』は『紫式部』を愛人としていたという所説もある。そのプレイボーイな『藤原道長』は紫式部が書いた『源氏物語』の主役、光源氏のモデルではないかとも言われているのだ。その辺りも物語に出てきて絶妙に面白い。

 

 作者である『ゲイのおっさん』は恐らく僕と同じ日本史好きなんだろう。コミュ症の僕でも会って話してみたいかも……、と思う程だ。


 すると『クリンク』アプリからの通知マークが急にスマホ画面に現れた。


 その瞬間、ガターンととてつもなく大きな音が教室中に響き渡った。


 『最上まこ』の椅子が豪快に倒れた音だった。


 僕も含め、皆、彼女に注目している。

 ここからは彼女の背中しか見えないけれど、周りの唖然あぜんな目も気にすることなく、というか気付いていないのか、立ち姿のままスマホを両手でぎゅっと握りしめているようで、その画面をじっと見つめているようだった。

 彼女が勢いよく立ち上がったせいなのか、その拍子で椅子が倒れたみたいだ。どれだけ激しく立ったらそうなるんだろう……。


「あ、なんでもないの……。驚かせてごめんね」


 周りの視線にやっと気が付いたのか、慌てるようにそう言うと彼女は椅子をゆっくりと立てて元に戻し、何事もなかったかのようにまた椅子に座った。だけど、心なしか彼女の背中は小刻みに震えているように見えた。


 僕はそんな彼女を不思議に思いながらも、握っていた自身のスマホ画面へ目線を戻す。


「嘘だろ……」


 僕は表示されているが信じられなかった。


『注目のマッチャーに選ばれました』 


 そう書いてあった。

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