2章 13.僕は天国で、地獄。

 素晴らしい1日の夜に、今までにない程の高揚こうよう感を初めて経験しながら今夜も液タブでペンを走らせていた。


「はーーやばい、やばいぞ」


 こうやって描いていても心臓のドキドキが収まらない。食事も喉を通らなかった程だ。でも、この心臓が一体何に対してドキドキしているのか分からない程に今日は色々あり過ぎた。


 まず一つ目。『注目のマッチャー』に選ばれたこと。

 二つ目。『最上さいじょうまこ』と久しぶりに話せたこと。

 そして三つ目。その『最上まこ』が『クリンク』で小説を書いていること……!


 一体どんな物語を書いているんだ……。気になる、気になり過ぎる……!!


「は~~、絵に集中出来ない……」


 机に項垂れた瞬間、あの聞き慣れた電子音がスマホから響いた。

 今日は『注目のマッチャー』で『クリンク』のトップページに紹介されているおかげか、『クリンク』アプリから通知が次々にやってくる。主に新たなフォロワーのお知らせに、寄せられたコメントなどだ。


 だが、この通知は『メッセージが届いています』と表示されている。『ゲイのおっさん』からだろうか。もしくは違う誰かか。

 

 このメッセージフォルダーは、マッチングしているメンバー全員が見られるような共有フォルダーになっていて、このメールしか外部からこちらに個人的にメッセージを送る方法はない。違う誰かとすれば『ゲイのおっさん』にもこのメールが届いているはずだ。


 そのメールを開いた時、時が止まった。


『突然のメッセージ失礼致します。私は創米そうべい社という出版会社の編集者をしている田中俊樹としきという者です。最近立ち上がったばかりの会社でして、出版まで出来そうな良作を『クリンク』上で探している次第です。そこでお二人の作品を拝見しました。物語に挿し絵、とても興味を持ち、メッセージを差し上げている次第です。もしよかったら一度お二人とお会いしたく、仕事の話などをさせていただけないでしょうか』


 ――


「……ちゃん、お兄ちゃ~ん」

「うわっ! 由衣か……」


 気が付いたら、僕の顔を覗き込んでいる妹、由衣の顔が目の前にあった。


「ふふっ、お兄ちゃんどうしたの~? スマホ見ながらずっと固まってたよ~?」


 由衣がくすっと笑いながら、僕に問いかける。何分見つめていたのだろうか。スマホの画面はもう真っ暗だ。咄嗟とっさにあの文章が思い出される。


「うわっ、うわっ~~!! どどどどどうしよう……!!」


 僕はスマホを持ったまま頭を抱え下を向いた。先程の天国からまるで地獄に突き落とされたかのように。……いやこれは天国と地獄どっちだ……?


「どうしたの~?」


 由衣が不思議そうに僕を見つめ投げかける。そんな妹の傍で頭の血液を必死に巡らせる。


 ……二人に会いたい、だと!?

 仕事の話がしたい、だと……!?


 嬉しい……、これは間違いなくチャンスだ……!

 だが、だが、問題がありすぎる……!!


 僕は『クリンク』では女子高生のふりしてるし、それもだぞ……? いや、でもネット上では偽りの姿でSNSとかやってる人も多いし、意外と有り得る事かもしれない……。実は『腐女子のJK』は『コミュ障の男子高校生』ですって正直に言えば……。

 そうだ、『ゲイのおっさん』にも会いたいって思ってたじゃないか……! これはいい機会じゃないか!


 ……いや、待ってくれ。

 『ゲイのおっさん』は、本当の僕を知ったらどう思う……?

 偽りだからあんなに仲良くなれたんだ。本当の僕は人とうまく喋ることなんて出来っこないじゃないか! 『僕』のせいで今までの関係が崩れてしまったら……? 編集者さんの機嫌を損ねたら……? それこそ今まで『ゲイのおっさん』とやってきたことも何もかも終わりじゃないか……!

 ああ~~どうすればいい、どうすれば……!!


「お兄ちゃん?」


 妹の声が頭の中にこだまする。僕は下を向いたまま大きく深呼吸して、ゆっくりと顔を上げ妹を見つめた。


「……由衣、お願いがあるんだ」

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