2章 12.私は愛の巣で、興奮冷めやらぬ。

水戸みと! 今日はいい日だ!!」

「それは何より」


 雑誌撮影の仕事終わりの車内の帰路で、相変わらず氷のような対応をしてくる水戸にこのご機嫌パワーをぶつけてやった。

 今日『クリンク』では注目のマッチャーに選ばれ、唯一学校で素を見せられる立石も『クリンク』の利用者だと分かったからだ……! 


 この素性を明かしていない私にとって共通の話題で誰かと喋るという機会は格段に少ない。ネット上では『腐女子のJK』と色々と共通の話題で盛り上がる事はあるが、やはりそこはネットだ。実際会話をしているわけではない。お互いの表情を見ながら楽しく会話出来る事こそ、会話の醍醐味だ。まーあいつに関してはほぼきょどってるがな。


「到着しました」


 水戸の声を合図かのように、いつもとは違う駐車場で外から窓をコンコンと叩く音が聞こえる。


「まっこちゃーーん!」

健吾けんごっち~!! 久しぶりだな!」


 車から降りた瞬間、背の高い健吾っちからぎゅーっとハグされる。


「相変わらずだな、健吾っちは」

「まこちゃんこそ~」

「見せつけてくれますね」


 咳払いが隣から聞こえ、抱き合ったままの私達は、運転席から降りた水戸を見つめる。


「なーに、銀~、やきもち焼いてくれてんの~?」

「……違います」

「じゃあ、なんだよ~」


 健吾っちは私から離れ、水戸の肩ににっこりと微笑みながら腕を乗せ、がっちりと肩を組んで水戸を引き寄せる。


「……まこさん、毎回私達の写真を撮るのはやめてください」


 私は鼻を手で押さえながら駐車場でじゃれ合っている美男子二人をスマホにこれでもかという程納める。これが撮られずにいられると思うのか? これは間違いなく私のおかず……じゃなくて『銀氏物語』の貴重な資料となるのだ……!


「まこちゃん、もっと撮って撮って~!」

 

 このノリノリな男、水戸とは真逆のような性格の持ち主である『加瀬健吾かせけんご』は、そう私のマネージャー『水戸銀』の恋人だ。水戸と同じような長身でやせ型の背格好だが、髪は茶色に染め、ロン毛まではいかないが長めのほうだ。水戸が切れ長目イケメンなら、健吾っちは少し垂れ目で愛され顔をしている。それになんと刑事という職業を担っている。どんな2、5次元刑事だよ、と突っ込みたくなるほどだ。


 今夜はそんな健吾っちが得意な料理を久しぶりに振舞ってくれるということで、夕食に招いてもらったのだ。


「一体何十枚撮れば……」

「ほら、銀ももっとこっち来いよ~」


 やばっ、ほんとに鼻血出そう……。

 水戸の体を更に引き寄せる健吾っちの前で私は恐らく血走った目で一心不乱でシャッターを押しまくる。このSとⅯのような二人の掛け合いがもうたまらん……!

 『腐女子のJK』もこれを見たらきっと喜ぶだろうな……。


「はやく部屋に入りましょう」


 少し顔を赤らめた水戸がすたこらさっさと切り上げ、自宅があるマンションへ足早に向かい始めた。くすくすと笑う健吾っちと私二人でその後をルンルンで後を追うのだった。

 

 ――


「うまーーーい!!」


 油の乗ったサーモンのカルパッチョにピリッと辛みの効いたアヒージョ、色鮮やかなパエリアにかぼちゃのあったかとろーりスープ、香ばしい香りのベーコンやソーセージの燻製、私の大好きなアボカド生ハムサラダまである豪華な食卓を3人で囲みながら、二人の美男子を眺めながら食す。……同棲中の愛の巣でな。やばい、また何かが鼻から出そう。


「まこちゃんに喜んでもらってよかった~」

「水戸はいつもこんなにうまいご飯食べてるのか!?」

「はい、そうですが」

「銀~、俺照れるって~」

「何か照れるような事をいいましたか」


 こんなに贅沢なことがこの世にあるのか!?


 おまけに水戸、水戸が……!

 風呂上りだとーーーー!?


「真顔で写真撮るのはやめてください。……にやついても駄目です」

「銀がまこちゃんの前で髪下ろしてるの珍しいもんね~」


 水戸よ、スーツもいいけど、スウェットっていうのもまた……!

 それにその少し濡れたつややかな黒髪、目元までエロく垂れた前髪、ああ……!まさしく『銀氏物語』の『銀氏』じゃないかぁぁ!!

 

 するとにっこにこな健吾っちが水戸の肩をまた組み出し、こちらにピースサインを送る。


 やばっ、私を殺す気か……!!


 そんな健吾っちもおもむろに自分のスマホを取り出し、水戸とのツーショットの自撮りをご機嫌に始めた。しかし相変わらずなピクリとも笑わない水戸は律儀に茶碗を持ち、パエリアをクールに食べている。


 そんな二人を私は無言で写しまくる。


「まこさん、顔がおぞましいことになっています」


 水戸はいつでも冷静だ。黒ぶち眼鏡をくいっと上げながら不愛想に呟く。

 それが逆にこの私のS心をくすぐる……!


 そんな風に水戸達を連写をしているとあの通知音が響いた。


『メッセージが届いています』


 『クリンク』アプリからの通知だった。


 なんだ……? 誰からだ? 『腐女子のJK』か?

 撮影の手を止めて、何気なく開いてみた。


 そこには信じられない内容が書かれていた。


 ――出版社の編集者と名乗る者から。

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