2章 14.私は脳内で、スーパーパニックになる。

「まこちゃん、どうしたの?」


 思わずスマホを落としてしまった私の代わりに健吾けんごっちがスマホを拾ってくれた。


「や、やややややっや」

「……どうしたのですか」

「や、あの……」


 心配そうな健吾っちの横で何かを察知したかのような水戸みとは目を光らせるかのように尋ねてきた。


「正直に話してください。あなたを支えるのはこの私ですから」

「……水戸」

「妬けちゃうな~」

「愛してるのは健吾、あなただけですから」


 水戸が今健吾っちにとんでもないことを言った気もするが、私の頭は今、渋谷の交差点並みに四方八方に意識が行き交うスーパースクランブルパニックだ。

 健吾っちが微動だにしない水戸をなぜか今ぎゅっと抱き締めているが、それどころではないほどに脳内はカオス中のカオスだ。


 その内容はめちゃくちゃ嬉しいメッセージだった。


 今すぐ跳び跳ねたい。


 だが……! 問題がありすぎる……!!

 

 まず、水戸は私が小説を書いているのを知っているが、健吾っちは知らないはずだ。別に言うのは構わないが、健吾っちに関しては絶対読みたいって言いだすだろう……。

 

 私の書いたBL小説、それも水戸をモデルにしている物語……! 読まれたら即バレだろう……。


 どのみちさっきのメールに書いてあった『仕事の話』が本当に進めば事務所的にもまずいし、水戸や社長にはいずれ言わないといけない……。


 ……の前にこの創米そうべい社の編集者と会って話……?

 『腐女子のJK』と一緒に……!?

 会いたい、会いたすぎる! 


 が、私は『ゲイのおっさん』って偽ってるし、ましてや一応お茶の間のアイドル業やってるし、これって正体ばれるとまずくないか……? 


 黙って会う……? 

 その二人に? 

 

 『腐女子のJK』だけならまだしも、会ったこともない編集者にいきなり『ゲイのおっさん』は『最上まこ』でした~って言っちゃうわけ? 

 そしたらどうなる、どうなるんだ!? 

 なんか違う方向に話が進む可能性が多いにないか!? 

 このチャンスは『腐女子のJK』と掴み取ったんだ。 

 二人できっちりと進みたいんだ……!


 まずは編集者の話を聞いてからだ。

 そうだ、それからまた考えればいい……。

 まだどうなるかも分からないしな。

 ここを切り抜けるには……。 


「水戸……、お願いがある」


――


「まこちゃん……、すごいじゃん! これおもしろいよ! 『腐女子のJK』ちゃんの絵もすっごく綺麗だし! にしても銀がモデルとはな~」


 にっこにこで笑う健吾っちの横で、自らのスマホを握りしめ、真剣な表情で私の小説『銀氏物語』を読んでいる水戸。真顔でピクリとも動かずに静まり返るように読んでいる。


「健吾ッち、ほんとか!? 嬉しいぞ!」

「銀! この物語のお前の活躍ったらすごいな!」

「……」


 水戸は無言だ。やっぱまずいよな……。

 勝手にモデルにしちゃってるわけだし……。


「水戸、勝手にモデルにして申しわ……」

「バイセクシュアルです」

「……へ?」

「私はバイセクシュアルです」

「……は?」

「だから、私はバイセクシュアルと言っているのです」


 水戸が声を張り強く吐き出す。


「銀~、そうだよね~、同性愛者ってわけじゃないもんね~」

「え、そうなのか?」

「そうだよ、まこちゃん~。銀はね、全人類を愛せる隔たりない人間なんだよ。僕はそんなところも大好きなんだ~」


 ご機嫌な健吾っちは水戸をまだ抱き締めているが、その水戸は相変わらず微動だにしない。


 ていうか、最初の一言がそれ? 


「水戸らしいな……」

「それで、私があなたのふり、つまりは『ゲイのおっさん』のふりをして編集者と会えばいいのですね」

「……ああ。本当に面倒を申し訳ない!」

「毎度のことですから」


 水戸はスマホをテーブルに置き、麦茶の入ったコップを手に取ると一口含ませた。


「ありがとな」

 

 そう私が一言告げると水戸はそのコップをテーブルにコトっと置き、さっと立ち上がった。


「さあ、楽しいパーティーはもうお開きです」

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