3章『お互いの秘密を重ね過ぎて、』

3章 1.僕は頼みの綱で、渾身に告げる。

『返信ありがとうございます。ではその日に日暮里駅のダリーズコーヒーに15時に伺います。宜しくお願いします』


 僕はあの後すぐに『ゲイのおっさん』へメールをして、日程を合わせ、編集者の田中さんにメールを送った。


 今週の土曜日だ。いよいよその時、『ゲイのおっさん』との初対面を果たす。

 

 ……妹が。


――


「お兄ちゃん~、なんで『クリンク』で女の子のふりしてるの?」


 をした僕の部屋でくりんとした純真な瞳を輝かせながら由衣は尋ねてきた。


「それは……」

「それは~?」

「女の子のほうが友達がたくさん出来そう、だからだ……!」

「そっか~。でもなんで隠してるの?」


 嘘は言っていない……はずだ。そしてこの妹の天然具合をこんなに有難く思えた日はないだろう。


「正体を隠してた方がほら、なんかかっこいいだろ……」

「うん……! かっこいい!!」

 

 嗚呼、妹よ。僕と同じ兄妹に生まれてきて本当に良かったのだろか。


「そこにさ、『ゲイのおっさん』っていうアマチュア作家の人と、編集者で田中さんっていう男性が来ると思うから、もし何か聞かれたら兄ちゃんのふりをしながら兄ちゃんの描く絵の話をしてほしいんだ……」

「うん、わかった~」


 そこは何も聞かないのか? もしや何も考えていないのか……?


「その『ゲイのおっさん』っていう作家さんと兄ちゃんは一緒に『銀氏物語』っていう恋愛物語を作っていて、メールはよくしてるけど実際会うのは初めてだから……」

「『銀氏物語』って……、あ! お兄ちゃんがファンアート書いてた作品だね~」


 記憶力はいいのか、妹よ……。


「うん、そうなんだけど……、あれから仲良くなってさ、兄ちゃんが絵、『ゲイのおっさん』が執筆して合作として『クリンク』で公開してるんだ」


 本来なら『銀氏物語』を由衣に読んでもらってからその場へ行かせたいけど、なんせあの物語はBL小説だ。それも結構な。こんなミラクルスーパーピュアリーな妹には刺激が強すぎ……


「私、その作品読んでみたい!」


 はい、きた。


「ゆ、由衣にはまだはやす……」

「私、恋愛物語だーいすきなんだ~」

「いや、だからちょっとさ、これ刺激が……」

「スマホで読めるんだよね~? 今度の土曜日までに読むから任せて~! しっかりお兄ちゃん演じないとね!」

 

 ああ、僕はスーパー、いやハイパーダメ兄貴だ……。


「あ、ありがとな、由衣。宜しく頼むよ……」


 そして僕はまだ由衣に言ってないことがある。

 

 ……僕のだ。


「『ゲイのおっさん』って面白い名前だね~。お兄ちゃんにもペンネームがあるの?」


 きた、この時が。


 というか、絵に描いたようなこんなピュアリーな妹に言うのまずくないか……?

 ドン引きかもしれないし、やっぱり代わりなんてしたくないって言うんじゃ……。


「兄ちゃんの作家名は……」

「なーに?」


 その純真な目で僕を見つめるのはやめてくれ……!

 嘘で固め、勇気もない僕の心がズキズキと痛い……。

 だが今、このペンネームを言わずとも、どうせばれる事になるだろう。

 その場へ行けば。


 僕は覚悟を決めた。


 由衣の細い両肩に手をずっしりと置き、真剣に妹を見つめると渾身こんしんの思いで言い放った。


「僕のペンネームは……、『腐女子のJK』だ」

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