1章 3.私は初めてで、突っ込む。
「今何時!?!?」
すやすやと隣で寝ている妹のぷにっとした横顔の隣でがばっと起き上がり、慌てて部屋の掛け時計へ目をやった。
「8時過ぎだと……!? やばい、これはやばい!!」
またあの腹黒メガネにねっとりと言われるじゃないか! 慌てて妹のベッドから立ち上がり、風呂場へダッシュする。昨晩妹のお絵描きや人形遊びにつきあっていたらいつの間にか寝ていた……!目覚ましもセットせずに……!!
実を言うと歯も磨いていないし、お風呂も入っていない。やばい、これはアイドルとしてでなく、人間としても結構やばい。瞬時に素っ裸になり、シャワーを浴びる。
「ねーちゃん、仕事なの……?」
扉の向こうの脱衣所から眠そうな弟の声と顔を洗うような音が聞こえる。
「そうだ! 真司、今日南をよろしくな!」
「え~まじかよ~。俺今日友達と遊ぶ予定だったのに~」
「すまん! 家でゲームでもしてくれ!」
私には小1の妹、南の他に、中2の弟、真司もいる。私と顔がよく似ていて、どうやら学校ではモテモテらしい。バレンタインが来るたびに大量のチョコを持って帰ってきては家族みんなで食し、チョコレートなんてもう二度と見たくない、と思える日々を送るのだ。だが、まだアイツは目覚めていないと言う。中2といったら思春期真っただ中、性欲も押さえられないはずなのに『女子なんて興味ない』とのことだ。今のうちに言ってろ。まー色々憎たらしいこともあるが、妹の世話もよくしてくれるし頼りになる奴だ。
風呂から上がり、慌てて下着を身に着けながら、キッチンにいるだろう弟へ声を張り上げる。
「真司、今何時だ!?」
「ん~8時25分」
やばい、あと5分しかないではないか!
ここはマンションのため、エレベーターで下りて玄関先に行くまで2、3分はかかる。素早く歯を磨きながら、昨晩ベッドに投げ込んだスマホや財布などを取りに廊下をパンツとブラジャー姿で猛ダッシュする。ちなみに弟には素っ裸を見られても全く平気だ。なんせ姉弟だからな。女子である姉がこんなんだから弟がああなってしまったのか、なんて頭によぎりながらもスマホの通知マークに気が付く。
「ななな、なんと!!」
『クリンク』のアプリ通知に『コメントが来ています』だと!? 源氏物語にインスパイアを受けたこの私のBL小説に!なんてことだ!!なんて書いてあるんだ!!どんな素晴らしい思いが綴られているんだ!泣くほど感動する言葉が綴られていたらどうしよう!震える指で恐る恐るそのコメント内容を開く。
『いとおかし』
「5文字かよ!!」
思わず大声で突っ込んでしまったではないか。5文字。いや、いい。5文字でもいい。いや5文字がいい。ありがたや。てか『いとおかし』ってなんだよ。ああ、すっげい素晴らしいって意味だったよな、確か。しかし『いとおかし』ってアレだよな?私の小説って『源氏物語』のインスパイア作品なんだけども。なんか間違ってない? これはまさかボケなのか?
「ねーちゃん、もう8時半だけど。その恰好で行くのかよ」
背後から真司の低い声に我にはっと返り、一気に現実に引き戻された。
「服!! 服をなんでもいいから出せ!!」
慌てて、ショルダーバッグに財布やスマホを投げ込み、その辺に転がっていた靴下を履く。
「……たくっ、日本中のエンジェラーがねーちゃんの本当の姿を知ったら、間違いなく泣くな。なんでそんなにニヤニヤしてんだよ。きもちわるっ」
どうやら私の顔はニヤついているらしい。だって初めてだからだ、コメントをもらったこと。
――
「5分遅刻ですが」
「申し訳ない」
「それに、なんですか、その恰好は。なぜ白のフリル付きブラウスに毛玉付きスウェットを履いているのですか」
「いやー色々あって……まーどうせ現場で着替えるしいいっしょ!」
寝坊して弟がたまたま手に持っていたものをぶんどったとは言わないでおこう。
「また夜更かしして小説でも書いていたのですか」
「あ、小説!! 返信してない!!」
マネージャーの言葉に朝、大声で突っ込んだだけでコメントに返信していないことに気が付いた。
「返信……?」
いつものように髪一本も落ちてこないようなオールバッグに決めて、黒淵メガネとノリのきいた真っ黒なスーツをビシッと着こなした私のマネージャー水戸が、今日も背筋をピンと伸ばし運転しながら問う。
「そうだ!! 私の小説に初めて感想をもらったんだ!!」
「ほう」
「なんてかえそっかな~」
「幸せそうで何より」
まるで他人事だ。まーいつものことだ。小説を書いていることを知っているが、BLを書いていることも、内容も知られていない。読んでみたい、とも言われたことはないのが救いだ。この男には微塵も興味ないだろうが。もし読んでみたいなんて言われてみろ、かなり私は困る。
私の小説名は『銀氏物語』という。そう、主人公のモデルはこのマネージャー、『水戸銀』だからな。
「水戸の幸せには負けるさ。健吾っちは元気か?」
「はい、今日もピクニックの如く大きな弁当を持たされました」
そう、私のマネージャーである水戸は同棲中の恋人がいるのだ。男性のな。
水戸も健吾っちも長身でスタイルもよく顔も整い二人が並んで歩けば誰もが振り向くほどだ。腐女子の私からしてみたら尊い意外に何もない。
私は小説にもらったコメントを再び覗いた。というか、誰だ? どんな奴だ? 私にコメントした奴って。
名前は『腐女子のJK』だ。
かなり気が合いそうな名だな。プロフィール欄を開くとやはり女子高生か。それも同じ東京在住だ。『イラストレーターになりたい』とも書かれている。そして彼女の創作物を開く。
「すごい……!!」
想像以上の出来映えに度肝を抜かれた。かなり幻想的で細かな描写で絵を描いている。私ははっきり言って圧倒された。
「何がすごいのでしょう」
「絵だよ、絵……!! コメントくれた人の絵……!!」
だが、あり得ないことにフォロワーが極端に少ない。人の事は全く言えないが。
いやしかし『腐女子のJK』は実力に対して少なすぎるだろ。世の中マジで可笑しいと思う。
そして私はコメントの返信欄に、スマホで5つの文字を軽快に打ち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます