最終章『破滅したけど、また二人で。』

最終章 1.僕は後悔の中で、明日を見る。

「どうなったらこうなるんだよ……」


 学校から帰宅後、自室にこもり、ベッドに腰掛けたままスマホをぎゅっとまた握りしめ、『THURSDAY デジタル』のネット記事をボーッと見つめていた。


 ――『最上さいじょうまこ』が『ゲイのおっさん』だったことが日本中にばれた。


 僕のスマホには幾度となく『クリンク』からの通知が届き、彼女を応援するコメントも中にはあるが、ほとんどが罵倒ばとうするメッセージやコメントで、次々に書かれ続けていて止まらない。


 マッチングを組んでいた『腐女子のJK』は誰なのか、とも書かれており、皆が好き勝手に予想を立て、SNS上に書き込んでいる。中には注目を浴びたいのか偽アカウントも現れ、『私が腐女子のJKです』と書かれている投稿がいくつもある。だけど証拠もない投稿で、皆半信半疑みたいだ。こんなタイミングで僕が正体を明かし、彼女の弁明を言えたとしても証明することも出来ず、ただの言い訳にしか聞こえないだろう。それに僕の正体がばれればこの事件に関わっている妹の生活にも支障が出る。そうなるとまた更に迷惑をかけることになる。


 全て僕のせいだ。秘密に秘密を重ねて、こうなってしまった。彼女が家族のために本性を殺してまで努力を続けて一生懸命築き上げた場所を一瞬で壊してしまったんだ。僕が。


 僕が勇気を出して最初からあの場に行っていれば……

 最初から『ゲイのおっさん』に正体を打ち明けていれば……

 あの時すぐに妹を助け出せていれば……。


 窓から差し込んで来るいつもの夕日が、僕の顔を今日もむなしく照らす。日が落ちているせいか、その光がどんどんとこの部屋からも消えて無くなっていく。見つめていたスマホ画面もいつの間にか真っ暗になっていて一粒の水滴がポタッと落ち、闇の画面上で弾けた。

 

 視界が歪んでいく中、目の前の祭壇に大事に飾ってある彼女の暖かな『ミカエルスマイル』溢れる写真を

うつろになりながらも眺める。


 僕に優しく笑いかけてくれるあの笑顔を見つめる度に何も出来ない自分が増々嫌になってしまう。


 こんなどうしようもなくて勇気のかけらさえもない僕に『最上まこ』をこの状況から救うことなんて出来っこない。


 ……もう出来っこないんだ。



「お兄ちゃん」


 振り向くとドアの向こうには心配そうな顔で立っている妹の由衣がいた。


「……由衣、本当に……、ほんとにごめんな。こんなにも迷惑かけて……。兄ちゃんがあんなこと頼んだからこんなことになったんだ。何もかも兄ちゃんが、兄ちゃんに……、勇気がなかったからなんだ……。まこさんの事も……。兄ちゃん、あれから色々考えたんだ……。だけど……、もう何も、何も出来なくて……。本当に、ごめんな……」


 僕はどうにか言葉を絞り出し、ベッドから立ち上がって妹に頭を下げてこれまでの行いを詫びた。だけど、ここに来てやっと分かったって、もう、もう、どうしようもないんだ。

 

「……お兄ちゃん、これ見て」


 そんな妹の言葉にゆっくりと頭を上げた時、視界に入ったのは、いつもとはちょっと、いやだいぶ違う、きゅっと強い眼差しを持った由衣の表情だった。そして自身のスマホを僕の目の前に掲げ、連絡アプリ『RAIN』の画面を見せてくれた。


「なんだこれ……、え、まさか……」

「呼び出したの」


 その画面には『私は『ゲイのおっさん』が最上まこさんだとは全く知らず、何も関係がありません。『腐女子のJK』としてどうしても作家デビューがしたいんです。また会ってもらえませんか?』と送られていた。あの変態男に。


 あの時妹が変態男田中と『RAIN』を交換したおかげで、この切れかかった糸がアイツと繋がっていたのだ。僕は複雑な心境で由衣を見つめた。


「由衣、これって……」

「まこちゃんは私を助けてくれたんだもん。何か私に出来ることないかなと思って送ったの……。このまま何もしないって悲しいよ、お兄ちゃん。いつもまこちゃんはお兄ちゃんを救ってくれてたじゃない。悲しい時も、元気がない時も! 今度はお兄ちゃんが助ける番なんだよ!」


 僕の目の前には目をくりくりとさせ、真剣な表情でガッツポーズをしながら僕を真っすぐに見つめる妹がいる。妹のこの目を背けたくなる程の真っすぐな具合と恐れを知らない行動力には時々こうやって本当に驚かされるんだ。


 妹の言う通り、確かにそうだった。僕が中学生の時から『最上まこ』は、テレビや音楽、あの『ミカエルスマイル』の笑顔を通して、友達もいないような僕に力をずっと与え続けてくれた。それにあの『お台場発狂事件』の時からまた違う一面を僕に見せてくれて、たくさんの幸せを知った。


 最初はもちろん戸惑った、戸惑いまくった。


 ――だけど


 いつの間にか僕はあの『ルシファースマイル』を探していたんだ。


 アイドルの時とはまた違う、屈託くったくのない笑顔と底抜けな明るさ、そしてあの男勝りな言葉。

 そんな彼女はこんな僕に『お前と話すと楽しい』と言ってくれた。


 彼女は誰よりも正直すぎる。


 そんなところが……

 

「ほんとにそうだな……、由衣、ありがとう。兄ちゃん、やってみる……やってみるよ! まこさんを助ける証拠を掴んでみせる、必ず……!」


 由衣は真っ直ぐに前を向いた僕を見ながらニッコリと微笑んだ。

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