3章 8.私はネット記事で、人生を悟る。

「申し訳ありませんでした」


 今日も深く頭を下げ続ける1日。どれだけ謝ろうともクライアント側の被害は甚大だ。昨日のように罵声を浴びせられる会社もあった。だがこれは何と言おうと私の責任だ。隣にいる水戸みとや社長にも本当に申し訳ないと思っている。


 人生とは『楽』があれば『苦』がある。それはあの時代劇から嫌と言う程学んだはずだ。だが、一行に『苦』ばかりで『楽』なんて訪れてくれない。


 そう、『苦』がまたやってきたのだ。


「はーー!?」


 社長のひっくり返った声が東京のよどんだ空に何度もこだまする。スマホを油まみれの顔にくっつけ、脂汗を更に出し、誰かと電話をしている。その後も少し相手と会話をして電話を切ると、私をキッと睨んだ。


「おい、ばれてるぞ! それに……、これ見てみろ!」


 社長が顔の油がべっとりと付いたスマホを乱暴に私へ手渡すと、水戸と一緒にその画面を眺める。


 それは週刊雑誌も出回っているオンラインニュースサイト『THURSDAYデジタル』のネット記事だった。


 見出しには『最上さいじょうまこ、激震の魔性性現る。ネットに偽名でBL小説投稿! 女子高生に枕営業を強要』と太文字で大きく記載され、誰かに売られてしまったのか、昨日SNSで見たあの時の写真まで載せられている。


「なんだ……これ……」


 そこにはあのチャラい見た目の変態男田中がインタビューに答えている。なんと『クリンク』で公開している『銀氏物語』のことまで喋っていた。しかも変態男の名前は伏せられ、顔にモザイク付きでだ。


 ……あまりにもひどい内容だった。スマホを持つ右手がカタカタと震え出す。

 

 変態男田中がぺらぺらと私に会う経緯までもバカ丁寧に答えていて、写真に撮られていたのかマネージャー水戸がその場にいたこともばれており、あのジュースぶっかけ行動からして『銀氏物語』の作家『ゲイのおっさん』は『最上まこ』だったのではと書かれている。

 出版したいがために枕営業を『マッチング』を組む『腐女子のJK』である女子高生に金で頼んだ、とまで書かれていて、『女子高生からホテルに誘われて断ったら、腹いせで隣に潜んでいた最上まこにジュースをぶっかけられた』と嘘偽りがコテンパンに書かれている。


 信じられない内容だった。


 ……私が『腐女子のJK』に金で強要!? 枕営業!? そんなこと私がさせるわけないだろ……!? あふぉか!! くっそゲス野郎め、一体こいついくらもらってるんだ!? こいつが逆に営業しようとしてたんだろ!? 神のことも侮辱しやがって……くそっ……


 あまりの怒りと腹立たしさに社長のスマホが破損しそうな程に力を込めて握っていた。


「ああ~、もうおしまいだ……」


 社長が怒りを通り越したかのように空を見上げ、この世を捨て去ったような顔でぼそっと呟いた。

 私が所属しているこの事務所は弱小事務所であり、私が看板を背負っているようなものだからだろう。


「社長、これ事実とは違……」

「もうお前の言葉は何も聞きたくない!」


 社長は私の手からスマホをバッとぶん取り、怒り狂った声を出したかと思うと勢いよく車に乗り込み、バタンと激しくドアを閉めた。


 ……もうどうすりゃいいんだよ。


 私の隣で先程から顔色一つ変えない水戸が自身のスマホをおもむろに取り出し操作を始めたかと思うとすぐに口を開いた。


「まこさんの『クリンク』アカウントが停止しています」

「え!?」


 そのスマホ画面を見せてくれた。


 そこにむなしく表示されるのは『アカウントが利用停止になりました』の文字。


「『クリンク』側がこの事態を察知してまこさんのページが荒らされる前に対処したのでしょう。といっても『腐女子のJK』様は凍結されていないようなので、それなりの通知が届いているかもしれませんが」

「そうか……」


 水戸は直ぐ様『THURSDAYデジタル』の酷いネット記事による『クリンク』サイドの対応を確認してくれたのだろう。

 私は表示されるその冷酷で氷のように冷たく感じる文字をただボーッと見つめる。


 弁明しても何が真実だったかだなんて証拠もない。

 何の理由があろうとも本来の自分を隠していたのは事実だ。仕事に支障が出ないように秘密に秘密を重ね、結果的に今回のことを招いてしまった。

 『腐女子のJK』にもかなりこのトバッチリが行っているだろう。


 ……ほんとに申し訳ないことをしてしまった。


 もう終わりかもしれない。


 このアイドル業も。


 小説家になりたいという夢も。



 ――『腐女子のJK』との仲も。

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