3章 7.僕はその真実で、激しく悔やむ。
「やべーって。あの最上まこちゃんよ? マジ引くわ~」
「これほんとなの? びっくり」
「女ってこえー」
「裏ありそうって思ってたんだよね~」
月曜日の昼休み。僕の周りから聞こえてくる様々な声。僕のクラスでは、いや学校中で、いや全国で、あの事件の事で持ち切りだ。
みんなは知らないんだ。なぜ彼女があんな行動を取ったのかを。
そして僕は知っている。なぜ彼女があんな行動を取ったのかを。
――『ゲイのおっさん』の正体は『最上まこ』だった。
僕は彼女が置き忘れたスマホの壁紙を見た瞬間、何もかもがその真実に繋がった。
メールでの口調、内容、考え方や執筆上での表現方法、かなり変わっているところ、おかしなところ、そして、僕の妹を『腐女子のJK』と思い込んでいる彼女が、あの時怒りを抑えられずにあんなことをしてまで助けた理由、何をとってもあの『最上まこ』だった。
彼女がマネージャーの水戸さんに、お茶の間アイドルである自身の代わりにあの場へ行くことを頼んだ、といったところだろう。
僕が彼女だけのために送った初めてのファンアート。
彼女は僕が描いた絵をスマホを通してずっと毎日眺めていたんだ。
「宝くじ買ってたら3億円どころか10億円当選しちゃってるよ……」
そんなことを考えていた最初の頃を思い出す。まさかネットでいつも仲良くやり取りしていた『ゲイのおっさん』があの『最上まこ』だったなんて。
僕は彼女の秘密を1つだけでなく、既に2つ知っていたんだ。
本当の彼女は『小説家』になりたいってこと。
アイドル業を頑張りながらも、ずっと彼女は色んな時間を削ってまでもきっと夢のために頑張っていた。知らない奴に色々言われながらも。
そんな彼女は僕の妹を助けてくれた。
不甲斐ない僕の代わりに――。
何度思い出しても悔やまれる。なんで僕はあの時何も出来なかったんだ? 自分が『腐女子のJK』とばれるからか? 妹を助けて由衣の兄と彼女に知れたら僕が彼女の大ファン『エンジェラー』だとばれるからか? それともコミュ障で勇気がなかったからか?
……全部だ。
とてつもなく胸がキリリと痛む。
でも、もう時は戻ってくれないんだ。
「は~~」
大きなため息を付くと、全身から力が抜け落ち、頭がぐらつくように学校の白い天井を仰ぐ。
……僕が『エンジェラー』だともうばれているかもしれない。
まさかあの場に彼女が来るだなんて予想もしなかったし、由衣はあの時苗字まで名乗って、ましてや最後僕に『お兄ちゃん』と言っていたからだ。
恥ずかしくない、と言えば嘘にはなるけど、彼女の今の苦痛と比べればなんてことはない、なのに僕は……。
今更気が付いたってどうしようもないんだ。
あれから僕は由衣がもらった名刺に書かれていた
僕ら3人が取り残されたあの後、あの変態男はすぐ様逃げていったし、もしかすると最初からあの男は『腐女子のJK』と書かれていた女子高生の由衣目当てで、コンタクトをただ取ってきただけかもしれない。
僕たちの作品が見定められたわけじゃないのかもと。
――悔しい。
僕はあの場にいながら怒りで震えるだけで何も出来なかった。そして彼女が僕の代わりに全てをやってのけた。けれど、それがとんでもない事態を招いてしまった。
僕に勇気があれば。僕があんなことを妹に頼まなければ。僕が……
考えれば考えるほど悔やまれることしか出てこなくて、後悔だけしかない。
彼女は今日学校を欠席をしている。
誰も座っていない彼女の窓際の席をただ見つめるだけでなぜだかとてつもない悲しみに襲われる。
あの後、何度も彼女に『クリンク』上でメールを送った。だが一行に返事がない。ログイン履歴を見る限り、アクセスもしていないようだった。
僕のカバンの中にはあの時彼女が忘れたスマホが入っている。
まだ僕の正体は明かしていない。
このスマホを彼女へ返す時、その時こそ僕は勇気を……、勇気を振り絞って、彼女にこの本当の真実を……。
彼女からのメールを確認するため、自身のスマホをポケットから取り出した。すると、マナーモードにしていたせいか全く気付かなかったが、マッチングを組んだ僕達二人で共有出来るメールフォルダに数十件ものメールが届いており、コメントの通知も『クリンク』のアプリから届いていた。
もしかすると彼女からの返信なのかもしれない。
急いで開くとそこには知らない人からのたくさんのメッセージが表示された。
『おい、お前って最上まこなのか?』
『ゲイのおっさんってなんだよ』
『まこちゃんを信じていたのに、裏切るなんて酷いです』
『BL書いてるって、本当ですか!? まこちゃんのイメージと違います』
『幻滅しました』
「なんだこれ……!?」
心臓の鼓動がどんどんと速くなっていく。
彼女のこの活動までもは、みんなにはばれていないはずだ。そう思っていた。
なのにメールだけじゃない、『銀氏物語』へのコメントにも同じような内容が数十件も書かれている。それにまだ書かれ続けているのか、どんどんとこのスマホへ通知がやってくる。
「どうなってるんだよ……。なんで彼女が『ゲイのおっさん』ってばれてるんだ……?」
血の気がどんどんと引いていくような収まらない通知の中、カタカタと小刻みに震える右手でどうにか『ゲイのおっさん』のプロフィールページをタップして飛んだ。僕よりももっと酷く荒らされているかもしれないと思ったからだ。
「え……」
そこには想像もしたくない文字が刻まれていた。
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