最終章 8.私は心機一転で、新しい道に。

「あ~、水戸みと、暇だな」

「そうですね」


 土曜日、私は古ぼけた部屋の窓からビルが立ち並ぶ東京の街並みを頬杖ほおづえをつきながらボーッと眺める。水戸は私の背後の机に座り、パソコンを眺めているようだ。

 

 あれからの私『最上さいじょうまこ』は2度目のスキャンダルとなる、『アイドル最上まこ、新宿激走! ハイパー体当たり事件』をまた誰かに売られ、写真がネット記事に上げられた。

 そのおかげでいよいよ居場所がなくなった私達は責任を取る形で前の事務所を辞め、水戸と二人で新しい事務所へ引っ越しをした。そう、水戸が新しい社長となってな。と言っても、件マネージャーだが。


 母親や弟の真司しんじは新しいスタートを切った私をずっと心配してくれているが、応援もしてくれている。それに母親は少しずつ働きに出始めた。もちろん無理はさせてはいないが。可愛い妹の南は、相変わらず私に癒しを与えてくれている。


 ……前の事務所、あのつるぴか頭な社長はどうなったのかは私にも水戸にも、もう分からない。文句の多い社長だったが、大天使ミカエル『最上まこ』を数年かけて築き上げてくれた。本当に申し訳ない事をしたなと、とても反省はしている。


 立石の決死のライブ放送のお陰で逮捕されたあの男ら4人は、顔も悪事もオンライン上に知れ渡り、それが世間に伝わると、アイツにでっちあげられた私の酷い疑惑も晴れ、『ハイパー体当たり事件』の理由も世に伝わり、前程とはいかないが、私のアイドル業の仕事は少しずつ回復してきていた。ギャップ萌え最高!!と言う『エンジェラー』もちらほらいるようだ。を変えたからかもしれない。


 ――自分にもう嘘は付けないからな。 


 そして、のその奇抜すぎる裸ライブ放送が今もネット上では拡散され続け、話題を呼んでいる。


 『最上まこ』とマッチングを組んでいた『腐女子のJK』は実は男で、決死の覚悟で放送を開始させ、赤いパンツ一丁で走りゆく姿、そしてナイフを持った男達に詰め寄られながらも事件の証拠を吐き出させ、絶体絶命の中、いきなり自分の素性を明かし、……最後は『最上まこ』にを命がけで行った、と……。

 当の本人の顔が映っていなかったことが恥ずかしがり屋のアイツにとっては救いかもしれないな。


「は~~」

「ため息とは珍しいですね」

「え? 今ため息出てたか?」

「していましたが、思いっきり」


 無意識にため息が出ているらしい。


 あれから立石とは会話をほとんどしていない。

 学校では相変わらず話しにくいし、『クリンク』の私のアカウントは消えたままだ。素性もばれているし、復活出来たとしてもあのままでまた立石と執筆活動をすることはもうないだろう。


 それにあのライブ放送で、あんな勇気ある行動をした『腐女子のJK』という細っこい男は誰だ! カッコよすぎる、赤パン一丁だけど! とか、あの後の二人はどうなったの? 秘密の恋? とか、SNSでは様々な憶測が飛び交い、散々話題にもなっているからだ。


「どうにもなってないっしょ……」

「立石様とですか」

「ああ、そう……、って、おい! なんでいつも私の心の声が……!」


 思わず慌てて後ろの水戸へ振り向いた。


「なぜそんなに赤面してるのですか」

「は……? 赤面?」

「していますよ、赤子のように」


 言われるがままドア近くにある鏡を覗きに行くと、……確かに私の顔は赤い。


「やばっ、ほんとだ……。なんでだ?」

「……鈍感過ぎです」

「鈍感……?」

「立石様にお返事はしたのですか」


 水戸はなぜか大きくため息を付き、仕方なさそうに私にそう尋ねてきた。


「返事?」

「そうです、愛の告白の返事です」

「あっあっあっいの……!? いやいやいや、あれはそんな意味じゃないだろ!? ネットでそんな風に言われてるだけで……」

「彼があの場で、あんな姿で、あのような事までして、命懸けでライブ放送をしてまで言った事が、ですか」

「うっ……」


 水戸の言葉に言い返せない。

 立石の性格は分かっている。十二分に。


「あの日あれだけ必死だった彼が『腐女子のJK』様だと本当に気が付いておられなかったのですか」

「へ?」


 水戸が冷静にまたとんでもないことを言い始める。


「私は、彼があの時、日暮里のカフェに来た時点でおおよそ『腐女子のJK』様だと気が付いていましたが」

「ええっ!?」

「私とカフェで目が合った時のあの慌てよう、それなのに彼は他の席が空いているにも関わらず私達の隣の席を選んで座りました。それに妹の由衣様とお話させてもらった時、彼女は『腐女子』の意味も分かっておりませんでしたので」


 ……ああ、あの時の『腐ってないでしょ? 触って?』の意味が今はっきりと分かった。ハハッ……。


「なんで私に教えてくれなかったんだ!?」

「……気が付いておられるのかと。状況的にも。それに彼もあなたと同じく嘘が下手過ぎるので」

「は~~」


 絶句だ。全く気が付いていなかった。学校でも他の誰よりも話していたのに。

 ……ていうか、水戸、敢えて私に教えなかったんじゃ!? さては楽しんでいたのか!? ぜったいそうだ。

 ……相変わらず腹黒い男だ。


「しかし、このままでは誰かに……」

「誰かに……って?」


 水戸はパソコン画面をじっと見つめ、何かを確認しているようだ。


「彼『腐女子のJK』様は今話題の人物です。『クリンク』で恐らくかなりの方々から『マッチング申請』が届いているかと。このページを見る限り」


 慌てて水戸の側へ行き、パソコンのページを一緒に覗く。

 そこには『クリンク』サイトの『腐女子のJK』ページが表示されていた。フォロワー数も今まで見たことがないような数字になっていて、様々な応援、激励コメントもかなり届いている。カッコいい、惚れた、とも。


「こんなに……」


 ログイン時間を見る限り、あのライブ放送からアクセスはしていないようだ。


「彼は次に誰と『マッチング』を組むのでしょうね。……いえ、誰とのでしょうね」


 意味あり気な薄ら笑いを浮かべた水戸のその言葉を聞いた瞬間、なぜさっきため息が出てしまっていたのか私は気付いてしまった。


 あいつにちゃんと伝えなくちゃいけないんだ。


 ――この気持ちを。


「……水戸、あいつの家まで送ってくれないか」


 その言葉を聞いた水戸は、少し口角を上げた気がした。

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