1章『僕と君はいきなり出会い、』

1章 1.私はアイドルで、ゲイのおっさん。

 目の前で顔を赤く染めている彼らには決して言えない秘密を私は持っている。それも2つ。


「まこちゃん!! あ、愛しています!!」

「ふふっ、私もあなたを愛してます~」


 私は最上まこ。今日もそわそわとしながらずらっと並ぶ通称『エンジェラー』と言われる男性ファン達だ。


 そう、私は癒し系アイドル。

 それも只今人気急上昇中で現役女子高校生の。

 今日は書店で写真集発売のサイン&握手会だ。


「ナマだ……! もう俺死んでもいい……」

「俺も……」

「お前、泣くなよ……」

「お前もな……」


 目の前で涙を流し、立ち尽くしている私のファンであるそのエンジェラー達にいつも『ミカエルスマイル』と言われている微笑みを振りまいている。


 なぜそう言われているのか、それは聖書に出てくるミカエルっていうのが大天使だからだ。天使の微笑みってわけ。

 この微笑みで虜になったファン達は『エンジェラー』という。ちなみにお金の為なら手段を選ばないうちの事務所の社長が名付けた。


 その名に相応しくあるがために、を押し殺し、顔がピクピクと引きつるほどに私は常に口角を上げ、エンジェラー達に笑顔を振りまいている。


 は決してさらけ出せない。


 そう、これが一つ目の秘密である。


 もしこの本性をさらけ出してみろ。私に癒しを求めているエンジェラー達はたちまちに興醒めし、去っていくだろう。そして私は一文無しだ。

 

 自分を押し殺してまでって結構きついものだ。


 でも私はこれが『仕事』なわけだ。


 この仕事でしっかりとお金を稼がないといけない。だって私がこの職業を辞めてしまったら、下にいる妹や弟の未来はどうなる? 

 父はいないし、それも母は病気がちで今入院中だし。私しか頼れる奴はいないわけだ。


 現実は過酷だって分かってる。だって、生まれ育った環境に打ち勝つってなかなか人生から切り離せないっしょ?


 そんな窮地から救われるかのように運よく新宿でスカウトされた私は、この身を生かした。


 身長は平均的だが、なぜか私の肌の色が異様に白く、体中に生えている毛という毛も黒ではなく茶色い。特にこの頭から生えているこの長く直毛な毛も黒い色素どこいった状態である。


 幼いころから西洋人を親に持つのか?と言われ続け、なぜか純日本人に見られないのだ。両親とも生粋の日本人のはずなのに。


 どこにいるのかさえ今となっては分からない血を分け与えてもらった男に、5歳の頃タバコを無理やり吸わされ、すっげい変な味だった事を今でも鮮明に覚えている。うん、あの男は生粋な日本人だった。まーそんなハイキック野郎からもらったこの有難き容姿を有効利用したわけだ。


 そして、もう一つ。

 誰にも言えない秘密がある。


 ――


 仕事も終わり、私は今日も6畳の自室で白いノートパソコンの電源ボタンを押した。そして慣れた手つきで『クリンク』というサイトを立ち上げログインする。自分のマイページにたどり着くとプロフィールが目に入る。


『しがないサラリーマンやってるゲイのおっさんっす! わいはプロ作家になる!!』


 そう、私はウェブ小説を書いている。それも昔の傑作である『源氏物語』をインスパイアしたやばめなBLだ。

 ル〇ィっぽい生きのいいおっさんのふりしてな。


 こんなこと言うのは少し照れるがいつか小説家になりたいと思っている。

 それに今のアイドル業だって私の若さをウリにしてるみたいなもんで、いつパタッと終わってしまうのかわからない。そうなれば私の家族は完全に危機だ。

 

 人生100年時代になって、80才まで当たり前に働く時代がやってくると言われている今世で、小説家でもし売れれば私がおばーちゃんになっても食っていけそうだし、好きなことで死ぬまで仕事も出来て、家族も養えて、我ながらいい考え!と思うわけ。


 なんでゲイのおっさんのふりしてるかって、聞かれるならば、私ってば一応『守ってあげたい少女ナンバー1』のアイドルなわけだ。

 

 私がBL小説書いてるって知れ渡ってみろ。この涙もの大天使ミカエルスマイルで私のファンであるエンジェラー達はきっとドン引きだ。

 だから自分と掛け離れている『ゲイのおっさん』にしたわけだ。ゲイだったらBL書いてても納得だしな。


 もし『最上まこ』として公表すれば金の匂いがする出版社から作家デビュー話をもらえるかもしれない。でも、そんなの私の執筆力や物語で掴み取ったわけじゃない。


 『アイツは知名度を利用した実力もない最低の奴だ。それも男同士の恋愛を書いてよだれを垂らしているらしいぞ』


 そう言われるのがオチだ。いや、実際そうなんだけど。

 だから、私は誰もが知らないおっさんを演じながら、自分の執筆力だけでこの世界に挑んでいるってわけだ。

 まーでもこのおっさんが本来の私に近い。演じるに当たっては非常に楽だし、楽しくもある。


 そう、これが2つ目の『秘密』なのだ。


 でも、やっぱり現実は厳しい。

 どんなに巷でちやほやされようとも、ファンが大勢いようとも、誰にも私の書いた物語は読まれないのだ。


「ふっ……」


 思わず一人で噴き出してしまったではないか。気持ち悪いな。いや、いつもだけど。


 再び筆を取ってから1年ぐらいだし、そんなにすぐにうまくいかないことだって分かっている。それにライバルだって多いしな。


 この『クリンク』のようなサイトのお陰で、今は誰にでも気軽にクリエイティブな活動が出来る様になってきているのだ。

 

 このサイトはプロを目指す様々なクリエイターが行きかっている。私のような小説家志望の者や、プロの絵師になりたい者、曲を作っている者や歌い手、動画クリエイターや様々なデザインをしている者、洋裁から書道、多岐にわたって様々なクリエイターの卵達が在籍しているのだ。


 皆それぞれのマイページで特技を披露し、ライブ放送もしたりしながらファンを作り、チャンスを掴みとろうとしている。うまく行けば企業からのオファーも期待できる。


 そして、クリエイター同士が協力し合う『マッチング機能』があるのもこのサイトの魅力の一つだ。

 

 私は子供の頃から小説家を夢見た。

 

 片親で家に一人でいる時間が多かった私は、とにかく昔から物語にずっと触れてきた。

 映画や本、ドラマ、アニメ、とにかくその現実と違う別世界の物語に没頭した。そうやって引き込まれているうちにいつの間にかオリジナル物語を書き始めていた。小学生の高学年の頃だったかな。


 でもいつしか家族と苦境の現実にぶつかり、筆を置いていた。アイドルを極めないといけない。そうじゃないと、私の家族はどうなるんだってね。

 

 アイドル業を修得するまでに発声レッスン、ウォーキングにポージングレッスン、『ミカエルスマイル』を生み出すこととなった微笑みレッスンなど、様々なレッスンを受けたし、今でもジムに通っている。かなりきつかった、この本性隠しながらってのがまた。挫折しそうになったこともある。

 でもラッキーな事にその努力が身を結び、今に至るわけで。


 あ、ちなみにこの本性を知っている者は家族と事務所の社長とマネージャーだけだ。この癒し系アイドルで売り出すっていう、いわゆる事務所の戦略っていうわけだ。


 いつも一緒にいるマネージャーはちょっと変わってる変な腹黒メガネだけどまーいい奴だ。小説を書いていることも知っている。BLものっていうのは言ってないけどな。


 すると机の上のスマホからそのマネージャーからの着信が響く。


「よ!」


 私は椅子にもたれかかり天井を仰ぎながら、だらしなく電話に出た。


「そのように電話に出るのはおやめください。あなたは今人気絶頂のアイドルですよ」

「いいじゃん、今家だし」

「尻ぬぐいしませんよ」

「大丈夫、ヘマしないから」

「……明日の土曜は渋谷ツタタで握手会です。8時半に迎えに伺います。寝坊されたら困りますので深夜までの小説執筆はお控えください」

「わーった、わーった」

 

 その時、誰かが私の背後から抱き着いてきた。


「おねえちゃん~、一緒にお絵描きしよ~」

「お、南、いいね~、ちょっと待て」


 慌てて電話口に再度耳を当てると、ツーツー音が耳に響く。


「相変わらずのせっかち野郎だ……。何時に終わるか聞きたかったのに。ま、いいか明日で」


 スマホをベッドの上に放り投げ、可愛い可愛い溺愛しているまだ小1の妹、南に手を引っ張られリビングへ向かった。


 その時、私はまだ気付いていなかった。

 それはあのサイト『クリンク』からの通知。


 ――あいつからのコメントが届いていたことを。

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